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キムラ緑子の結婚歴や夫は?子供はいる?高校、大学などの学歴や経歴・生い立ち

兵庫県出身の女優・キムラ緑子さん。

生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?

女優になったきっかけは?

結婚歴や夫は?

子供はいる?

今回は女優のキムラ緑子さんについてリサーチしてみました。

キムラ緑子の学歴・生い立ち・経歴

名前   キムラ緑子
生年月日 1961年10月15日
出身   兵庫県
身長   162cm
血液型  O型
所属   シス・カンパニー

 

キムラ緑子の学歴

小学校・洲本市立加茂小学校

中学校・洲本市立青雲中学校

高校・・洲本高校

大学・・同志社女子大学学芸学部英文学科

兵庫県洲本市出身。

淡路島で生まれ育ちました。

小学校は洲本市立加茂小学校、中学校は洲本市立青雲中学校を卒業。

習い事はピアノ。

将来は歌手になりたいと思っていました。

中学時代はテニス部に所属。

高校は洲本高校に進学。

洲本高校は兵庫県洲本市上物部にある男女共学の県立高校。

現在の偏差値は57。

高校時代は剣道部に所属。

大学は同志社女子大学学芸学部英文学科へ進学。

京都府京田辺市に本部がある大学。

英文学科の偏差値は60。

大学時代には演劇サークルに入部。

大学卒業後は地元に帰りましたが、1984年に上京し女優の道に進みました。

キムラ緑子が女優になったきっかけ

同志社女子大学に入学するまでは演劇にまったく興味がなかったものの、友達のつきあいで初めて見たつかこうへいさんの作品の舞台に衝撃を受け、演劇サークルに入部。

引用 https://www.nhk.or.jp/

キムラ緑子さんは子供の頃は歌手に憧れ、中学生時代には日本テレビ系オーディション番組『スター誕生』の地区予選に出場し、中島みゆきさんの『時代』を歌い、最終の5人まで残ったものの不合格。

泣きながら家に帰ったといいます。

女優には興味はありませんでしたが、大学2年生の時、友人に誘われた観た舞台の衝撃を受け、姉妹校の同志社大学の演劇サークル『第三劇場』に入部。

大学卒業後は女優を目指そうとしますが、両親は大反対。

『車も買ってあげるからこっちで就職しなさい』

と言われ一時は淡路島の実家に戻って塾の先生をしていましたが、女優の道を再び追い始めました。

キムラ緑子 女優デビュー後

キムラ緑子さんは984年に、マキノノゾミがさんが立ち上げた劇団『M.O.P.』の旗揚げに参加。

2010年の『M.O.P.』解散まで看板女優として活躍しました。

1989年4月公開の映画『極道の妻たち 三代目姐』で映画デビュー。

1994年、テレビ朝日系時代劇『名奉行 遠山の金さん』に出演。

2000年頃からテレビドラマなど映像作品にも本格的に進出。

近所のおばちゃんから貴婦人まで、自分の個性を消してあらゆる役に入り込み『カメレオン女優』とも称されました。

2013年4月から放送されたNHK朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』で嫁イビリする小姑・西門和枝役を演じて、一躍その名を全国区に轟かせました。

キムラ緑子の結婚歴や夫、子供は?

キムラ緑子さんの結婚歴は2回、離婚歴は1回です。

再婚相手は最初の結婚相手です。

結婚したのは1992年。

31歳の時でした。

夫は劇作家、脚本家、演出家のマキノノゾミさん。

年齢は2歳年上で、結婚時は33歳。

出会いはキムラ緑子さんが大学2年生の時で、友人に誘われて、マキノノゾミさんが演出を手掛ける舞台を見たことでした。

キムラ緑子さんはマキノノゾミさんに一目惚れしたといいます。

大学卒業後は淡路島に帰りましたが、1984年にマキノノゾミさんが立ち上げた劇団である『M.O.P.』の旗揚げに参加し、その後、交際がスタートし、1992年に結婚。

離婚したのは2005年。

結婚生活は13年でした。

離婚を申し出たのはキムラ緑子さんだといい、44歳の時の離婚でした、

離婚理由については明確には語られていないよですが、2018年1月にトーク番組『おかべろ』出演した際に、

それ(子供)がないからね。それがあったらもう、全然(離婚)してない

と話しました。

再婚したのは離婚から5年後の2010年。

『1人でいるのがしんどくなった』

再婚の時はキムラ緑子さんからプロポーズしましたが、最初は、

『籍は入れなくていいんちゃうか』

と断られたそうです。

キムラ緑子さんに子供はいません。

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