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モロ師岡の結婚歴や妻は?子供はいる?高校、大学などの学歴や経歴・生い立ち

千葉県出身の俳優・モロ師岡さん

生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?

俳優になったきっかけは?

元芸人だった?

結婚歴や妻は?

子供はいる?

今回は俳優のモロ師岡さんをリサーチしてみました。

モロ師岡の学歴・生い立ち・経歴

名前   モロ師岡
生年月日 1959年2月20日
出身   千葉県八街市
身長   170cm
血液型  O型
所属   オレガ

 

モロ師岡の学歴

高校・・八街高校

大学・・専修大学

本名は師岡 三智雄(もろおか みちお)。

実家は野菜やピーナツを栽培する農家で、父親が戦後に八街に引き揚げて広大な林を開墾し農業を始めたそうです。

男3人兄弟の末っ子で、家業は長兄が継いでいます。

父親はあまり身なりに気を使わない人で、作業ズボンには擦れて破れたところが目立ったといい、小学生の時にそんな父親に服を見た友達に、モロ師岡さんは『ボロ』というあだ名をつけられたといいます。

中学時代はバスケットボール部に所属。

高校は八街高校に進学。

八街高校は、千葉県八街市八街にある男女共学の八街市立高校で、偏差値は40。

高校時代もバスケットボール部に所属していました。

高校卒業後は、専修大学・商学部に進学。

東京都千代田区神田神保町に本部がある私立大学で、商学部の偏差値は53。

大学時代は演劇サークルに所属、大学は5年かけて卒業し、卒業後は演劇に道に進みました。

モロ師岡が俳優になったきっかけは?

大学入学後に少林寺拳法部からすごく勧誘を受け、絶対に入りたくなかったモロ師岡さんは『劇サークルに入った』とウソついたといいます。

すると、少林寺拳法部の人に『演劇サークルに見に行くからな』ろ言われたため、本当に演劇サークルに入部。

高校時代からなんとなく俳優になりたいと思っていたといいますが、もともとは演劇サークルには入るつもりはなかったそうです。

演劇については発声練習やエチュードなども全く知らず、当時、人気になっていた『つかこうへい劇団』や『状況劇場』の話しをされても全く話しについていけなかったそうです。

それが悔しくて一生懸命やっているうちに、演劇にのめり込んだといいます。

大学時代には役者は売れる確率が低いことから、辞めることも考えていたようですが、18歳でオーディションに受かっていい役をもらったりしたこともあり、辞める機会がなかったと話しています。

30歳までやって食べていけなければ、辞めるつもりでした、27歳ぐらいから食べていけるようになり、そのまま続けたそうです。

モロ師岡は元芸人だった?

大学在学中に、劇団現代に入団しアルバイトをしながらアマチュア演劇をしていました。

22歳の時から六本木のショーパブでコントをやるようになり、27歳頃には月に30万ほどの稼ぎがあり、何とかコントだけで食べていけるようになったそうです。

ショーパブで先輩のお笑いコンビ『ゆーとぴあ』さんに、

『ショーパブでやるよりストリップ劇場へ行ったほうがもっと修業になるんじゃないの』

と誘われ、コント55号やビートたけしさんが駆け出しの頃に修業していたこと知っていたことから、新宿のストリップ劇場、渋谷の『道頓堀劇場』でコントをやるようになり、1990年代にになると、芸人としてテレビへの出演も開始しました。

コンビを組む相手がいなかったことから、ピン芸人として活動、漫談やものまね芸人はいましたが、1人でコントをするピン芸人は当時はいなかったそうです。

モロ師岡 デビュー後

芸人として活動しながら、1990年にフジテレビ系『美少女仮面ポワトリン』のふしあわせ王子 役でドラマデビュー。

1992年には大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』にディオゴ 役で出演。

1995年の映画『紅~BENI~』で映画デビューしまし、1996年に映画『キッズ・リターン』で、

東京スポーツ映画大賞・助演男優賞

を受賞。

受賞を知ったのは、妻とと一緒にレギュラー出演していた名古屋の東海テレビに向かうため、立ち寄ったJRの駅の売店で、『モロ師岡』と書いてある新聞を見つけたことで受賞を知ったといいます。

この受賞が転機となり、以降、バイプレーヤーとしてドラマ中心に活躍しています。

モロ師岡の結婚歴や妻は?

モロ師岡さんが結婚したのは1992年、33歳の時でした。

妻はの女優でピン芸人の楠美津香(くすのき みつか)さん。

年齢は3歳年下。

楠美津香さんは元々は女優志望で、横浜放送映画専門学院(後の日本映画学校)人学。

授業の内海桂子・好江の漫才教室でお笑いに目覚め、クラスメートと1982年にコントコンビ『ピックルス』を結成、『お笑いスター誕生!!』で9週勝ち抜きを果たしましたが、1984年に解散。

その後はいくつかのコンビを経て、コント作家として活動するようになりましたが、モロ師岡さんのひとりコントのライブを見て、舞台復活を決意。

1992年からひとりコントの単独ライブを開始し、演芸場にも出演しました。

モロ師岡さんと楠美津香さんが出会ったのは、ストリップ劇場の『道頓堀劇場』で、モロ師岡さんが23歳、楠美津香さんが20歳の頃でした。

芸人としては楠美津香さんが先輩で、モロ師岡さんは『お姉さん』と言っていたといいます。

テレビ朝日系の『プレステージ』という番組に曜日違いで出演することにになり、お互いにのコントのネタを考えあったことがきっかけで、交際に発展したそうです。

モロ師岡に子供はいる?

モロ師岡さんの子供は娘が1人のようです。

娘は1996年に誕生しています。

娘が生まれた時、モロ師岡さんは37歳。

妻の楠美津香さんは3年の育児後、1999年にライブを再開、2000年からはシェイクスピアの戯曲を現代の日本に翻案し、講談調の一人芝居にアレンジして演じました。

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