映画を中心に活動している俳優の永瀬正敏さん。
小泉今日子さんと離婚後の熱愛や再婚は?
中島美嘉さんとの関係は?
今回は俳優の永瀬正敏さんをリサーチしてみました。
目次
永瀬正敏の学歴・経歴
名前 永瀬正敏
生年月日 1966年7月15日
出身 宮崎県
身長 172cm
血液型 B型
所属 有限会社ロケットパンチ
宮崎県都城市出身。父親、母親、弟の4人家族。弟は幼少期に亡くなっているようです。
父親は信用金庫に勤務、母方の実家は薬屋を経営。母親の働いていた両親は共働きでした。
小学生時代には少年野球チームに入っていました。
都城市立姫城中学校時代には、セックスピストルズなどのパンクバンドにハマってバンドを結成。
ギターをやりたいと思っていましたが、永瀬さんだけリズムがずれていたためギターはクビになりボーカルを担当していたといいます。
高校時代に俳優デビューしたきっかけ
『「教師を代表とした大人という人たちにできねえことをやってやりてえな」とずっと思っていて、それでオーディションに応募して『これはできないでしょう?』って、そこで満足していたんですけど、受かってしまったので(笑)。』
高校は 都城西高校 (偏差値58)に入学。
当時は校内暴力が騒がれはじめた頃で、学校側の締め付けがとても強く、そのことに窮屈感を感じ、1982年、高校1年生の時に映画『ションベン・ライダー』のオーディションに応募。
約15000人の応募者の中から合格を勝ち取り、1983年2月公開の映画『ションベン・ライダー』で俳優デビューしました。
映画出演には両親は反対でしたが、映画のプロデューサーが説得で母親が折れてくれて、父親を説得してくれたそうです。
映画を中心に活躍
1990年にアメリカ映画『ミステリー・トレイン』で主演を務め注目され、以降は映画を中心に活動。
1991年に出演した三國連太郎さん主演映画『息子』では主人公の次男を演じ、日本アカデミー賞・最優秀助演男優賞、新人俳優賞、ブルーリボン賞・助演男優賞など数々の映画賞を受賞しました。
1994年から1996年に『私立探偵 濱マイク』シリーズの映画3本に出演。
2002年にはドラマ『私立探偵 濱マイク』でも主演を務めました。
1994年には『an・an』で「アンアン読者が選ぶ好きな男」ランキング1位を獲得。
2016年には映画『あん』でヨコハマ映画祭・主演男優賞を受賞しました。
海外映画にも多く出演
1989年のアメリカ映画『ミステリー・トレイン』以降、多くの海外映画にも出演。
1995年にはアイスランド映画『コールド・フィーバー』、アメリカ映画『フラート』に出演しています。
アジア映画でも活躍し2014年には台湾映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』では主演を務めました。
その後も2016年『パターソン』(アメリカ)、2018年『蝶の眠り』(韓国)、2019年『malu 夢路』(マレーシア)、2020年『再会の奈良』(中国)など多くの海外映画に出演しています。
小泉今日子とは対談がきっかけで結婚
1995年2月22日、28歳の時に1歳年上の小泉今日子さんと結婚。
1993年5月の女性誌での対談が交際のきっかけでした。
結婚会見で小泉さんは「形式的なことはやりません」とコメントし、結婚式、披露宴、新婚旅行は行われなかったといいます。
子供がきっかけで離婚?
結婚4年目の1999年には、永瀬さんが頻繁に香港に一人旅に出かけるなど、不仲が報じられ始めました。
『赤ちゃんを望む小泉に対し、永瀬が子どもをつくることに反対しているという証言も飛び出した。』
その後、小泉さんは「いつもひとりでさみしい」とつぶやき、永瀬さんも仕事仲間に「夫婦としてはもうダメかな」と漏らしたという報道が流れ、2002年7月には別居。
9回目の結婚記念日の2004年2月22日に離婚しました。
離婚から7年後の2011年には、映画『毎日かあさん』では夫婦役を演じ話題になりました。
再婚や中島美嘉との関係は?
2024年現在は永瀬さんは再婚はしていません。
2000年代には歌手の中島美嘉さんとの熱愛が報じられています。
2002年のドラマ『私立探偵 濱マイク』で兄弟役を演じたことがきっかけで、16歳年下の中島さんと2004年に交際ががスタート。
中島さんの両親にとも頻繁に会うなど公認の中で、オープンな交際でしたが、2008年には破局が報じられました。
その後はこれといった熱愛は報じられてはいないようです。