群馬県出身の中山秀征さん。
経歴や高校などの学歴は?
結婚していて、妻は宝塚出身のようです。
馴れ初めは?
子供は息子で何人?
今回はタレントの中山秀征さんをリサーチしてみました。
目次
中山秀征の高校などの学歴・経歴
名前 中山秀征
生年月日 1967年7月31日
出身 群馬県藤岡市
身長 173cm
所属 ワタナベエンターテインメント
小学校・藤岡市立神流小学校
中学校・藤岡市立北中学校 → 川崎市立柿生中学校
高校・神奈川県立柿生高校
大学・進学していません・
群馬県藤岡市育ち。
父親は工場『中山縫製』を経営していました。
工場では永谷園のお茶漬けの袋詰をやっており、中山秀征さんも手伝っていたといいます。
子供の頃は書道や野球などを習っていました。
小学校は藤岡市立神流小学校。中学校は藤岡市立北中学校を卒業。
中学では体操部に所属。
中学時代から芸能活動を始め、川崎市立柿生中学校に転校。
高校は神奈川県立柿生高校に進学しました。
柿生高校は2004年に柿生西高校が統合するされ、現在は麻生総合高校になっています。
神奈川県川崎市にある男女共学に県立高校で、現在の偏差値は45。
高校には母親の友人宅に下宿して通学しましたが、居心地が悪く飛び出し、友人宅を転々とし、高校の先生のアパートにも転がり込んだといいます。
高校は芸能事務所に所属することが決まったことから中退しました。
中山秀征が芸能界を目指したきっかけ
中山秀征さんが芸能界に憧れを抱いたのは5歳の頃で、地元群馬県にあった遊園地『カッパピア』でのフィンガー5のイベントでボーカルのアキラさんと歌えるコーナーがあり、何人かの子供たちがステージに上がれましたが、ちょうど中山秀征さんの前で締め切られたそうです。
その時、客席で熱狂するより、ステージに立ちたいと思ったといいます。
小学生時代に習っていた野球は芸能人野球大会で活するため、書道はカッコよくサインを書くため、中学で体操部に入ったのはアクションをできるようになるためだった話しています。
中学になると本格的に芸能界を目指し、中学2年生の時に両親に
『3カ月やってだめなら諦めるから、とにかくやらせてくれ』
と懇願して雑誌の広告で見つけた東京の児童劇団『エヌ・エー・シー』に入団。
それから3ヶ月後の1982年4月に、日本テレビ系のサスペンスドラマ『校内暴力殺人事件 狙われた女教師』で準主役を射とめて芸能界デビューしました。
中山秀征 ABブラザーズ結成
中山秀征さんは1984年に渡辺プロダクションの新人募集オーディションに歌手として合格。
しかし、歌も芝居もいまいちだったといい、当時の担当マネージャーに、
『歌や芝居は、バラエティーで天下をとれたら全部やれる』
と言われ、藁をもつかむ思いでバラエティ路線に変更し、渡辺プロダクションの若手お笑いタレントグループ『BIG THURSDAY(ビッグサースデー)』の第1期生として参加。
同期には同期には後に『ホンジャマカ』として活動する石塚英彦さんがいました。
1985年に一緒にコントなどをしたことがきっかけでコンビ同プロダクションの松野大介さんとコンビ『ABブラザーズ』を結成。
コンビ名は血液型が松野大介さんがA型、中山秀征さんはB型だったことから『ABブラザーズ』にしましたが、後に二人ともB型とわかり、実はBBブラザーズであったことが判明し、ラジオなどでネタにしていたといいます。
同年にフジテレビ系のライオンのいただきます』のアシスタントとしてデビューしました。
その後、同年10月からニッポン放送『ABブラザーズのオールナイトニッポン』を担当するなど女子中高生など若い女性を中心に人気を博し、アイドル雑誌にも取り上げられるようにもなりました。
個人での活動も増え、その後、方向性の違いから『ABブラザーズ』としての活動は減り、1992年に自然消滅。
相方の松野大介さんは小説界になっています。
中山秀征 俳優、歌手、タレント
中山秀征さんは1986年9月に『明日にONE WAY』を発売し歌手デビューしました。
2017年までにシングルを4枚、アルバムを2枚発売しています。
俳優としては1982年にデビュー後、コンスタントに出演し、1991年にはフジテレビ系『東京ラブストーリー』、TBS系『デパート!夏物語』などの人気テレビドラマにバイプレイヤーとして出演。
1992年からは日本テレビ系『DAISUKI!』にレギュラー出演するようになり、松本明子さん、飯島直子さんと和気あいあいとしたトークと街歩き企画が視聴者の支持を集め、深夜番組であるにもかかわらず最高視聴率14.7%を記録しました。
司会業では1999年4月からフジテレビ系『ウチくる!?』が放送開始し2018年まで放送され、2009年3月からは『おもいッきりDON!』の総合司会に就任しました。
中山秀征の妻は元宝塚で馴れ初めは?
中山秀征さんが結婚したのは1998年。
30歳の時でした。
妻は元宝塚女優の白城あやかさん。
年齢は同い年。
白城あやかさんは東京都出身で1988年、宝塚歌劇団入団し、トップ娘役として活躍し1997年3月に退団しています。
2人の馴れ初めは中山秀征さんが宝塚の舞台を観て、白城あやかさんに一目惚れしたことで、白城あやかさんに彼氏がいないことを知り、
『遠距離ですけどお付き合いしてもらえませんか?』
と言ったそうです。
その後、白城あやかさんから中山秀征さんの誕生日に花が届き、
『またお会いしましょう』
と返事をもらったことから交際へと発展し結婚にいたったと中山秀征さんはテレビで話していましたが、妻の白城あやかさんは告白について、
『芸能人の人ってこうやっていろんな人にすぐこういうこと言ってるんだなと思ったんです』
と警戒していたそうです。
花についても宝塚の中ではお世話になった人やご馳走になった人に対し花を贈る慣習があるといい、
『特別な意味はなかったんですけど…』
とお礼の挨拶のつもりだったといいます。
中山秀征さんは結局は結婚に至ったため、
『まぁ、勘違いってなかなかいいかもしれないですね』
と話しました。
中山秀征の子供は息子で何人?
中山秀征さんの子供は4人。
4人とも息子です。
長男の翔貴さんが1999年4月
次男の脩悟さんが2003年7月
三男の敬悟さんが2005年5月
四男の貴仁さんが2007年3月
に誕生しています。
長男の中山翔貴さんは初等部から大学まで青山学院で、卒業後の2022年4月にテレビ東京系ドラマ『しろめし修行僧』で主人公の弟役を演じ芸能界デビューしました。