和歌山県出身の俳優・岡部たかしさん。
生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?
俳優を目指したきっかけは?
結婚歴や妻は?
子供は息子で何人?
今回は俳優の岡部たかしさんをリサーチしてみました。
岡部たかしの学歴・生い立ち・経歴
名前 岡部たかし
生年月日 1972年6月22日
出身 和歌山県和歌山市
身長 175cm
血液型 A型
所属 クリオネ
高校・・和歌山工業高校
大学・・大学には進学していましせん
父親、母親、3歳年下の弟の4人家族。
父親は会社員、母親は喫茶店などでパートをしていました。
海と山に恵まれた和歌山市で育ち、幼少期は目立ちたがり屋だったといいます。
小学校低学年の時には、当時大人気だったジャッキーチェンにハマりってアクションのまねごとをして遊び、少年野球チームにも所属していました。
中学時代はは『ビー・バップ・ハイスクール』などのヤンキー映画がはやり、岡部たかしさんも服装をまねました、母親が厳しかったため家ではなく、外に持っていって着替えていたそうです。
高校は和歌山工業高校・土木科に進学。
和歌山県和歌山市西浜にある男女共学の県立高校で、土木科の現在の偏差値は46。
仲のいい友達が和歌山工業高校に行くというので、『じゃあ俺も』と軽い気持ちで選んで入学したそうです。
高校卒業後は建設会社に就職。
当時はまだバブルで就職先には困らず就職先は地元の優勝企業で、入社後は現場監督をしていましたが、仕事が全く面白くなく約1年で退社。
いい会社だったため、母親には泣かれたといいます。
その後は、トラックの運転手や喫茶店などでアルバイトをいていまししたが24歳で上京し、その後は俳優を始めました、
岡部たかしが俳優を目指したきっかけは?
岡部たかしさんは高校卒業後に就職した建設会社を退職後、アルバイトをしながら地元の仲間達を遊んでいましたが、23歳の頃には仲間たちは結婚したり、ちゃんとした会社に就職したりと落ち着き始め、
『このまま和歌山にいてもおもんないな』
と思い始め、都会への憧れもあり上京を考えん始め、地元の友達が『東京に行く』と言ったのでそれに合わせて24歳の時に、当時交際していた女性とともに上京。
上京前からなんとなく『役者になりたい』と行く気持ちはあり、上京する前に大阪で舞台を観た柄本明さんが座長を務める『劇団東京乾電池』の研究生のオーディションを受けました。
オーディションの特技を披露する課題で岡部たかしさんは、柄本明さんの前で尾崎豊のさんの『I LOVE YOU』しは合格したそうです。
岡部たかし 50歳でブレイク
劇団東京乾電池に研究生として入団して1年後の25歳で劇団員に昇格し、3年間在籍。
おもしろいと思えなくなったり、人間関係が停滞したタイミングで、環境を変えていったといいます。
退団後は舞台を中心に活動し、30代になると少しずつテレビドラマに出演するようになりましたが、芝居だけでは食べてはいいけず、40歳までは宅配、警備員、テレホンアポインターなど多くのアルバイトもしていました。
テレビ、映画で活躍する俳優に対しての嫉妬は多少あったものの、大志を抱いていてはなく、売れることも諦めていたため、挫折はあまり感じなかったといいます。
40歳で所属事務所を移籍したことを機に、テレビの仕事が増え、アルバイトをやめることができたそうです。
しかし、注目されることはなくインタビュー取材などを受けたことはなかったといいます。
ブレイクしたのはきっかけは、2022年10月から放送されたフジテレビ系のドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』でした。
『エルピス』の脚本家の渡辺あやさんが、
『あの役は岡部さんで見えた』
と言ってくれたそうで、監督にも、
『今回は、主演の長澤まさみに軽く絡むだけの役ではない。岡部さん、これでブレイクしないなら、いつブレイクするの?』
と言われていたといいます。
実際に放送後の反響は大きく、それまでなかった取材もされるようになり、遅咲きのブレイクとなりました。
当時、岡部たかしさんは50歳、俳優人生25年目でした。
岡部たかしの結婚歴や妻は?
岡部たかしさんは結婚していて既婚者のようです。
結婚したのは20代の時でした。
『正式に劇団員となり3年を過ごす。この間に結婚、息子が生まれる。』
結婚は劇団東京乾電池に所属していた3年の間のよです。
『ひろきは6歳で父と離れ、母と和歌山に移った。』
結婚相手は不明したが、息子が6歳の時に離婚し妻は和歌山の帰ったとの情報があったので、一緒に上京した交際相手のようです。
その後、復縁して離婚した妻と再婚したとの情報もありました。
岡部たかしの子供は息子で何人?
岡部たかしさんの子供は息子が1人のようです。
2000年12月にひろきさんが誕生しています。
ひろきさんが6歳の時に離婚し、離婚後は母親に引き取られ、和歌山県で育っています。
岡部たかしさんとは東日本大震災をきっかけに連絡を取るようになったといいます。
ひろきさんが高校3年生の時に岡部たかしさんの出演する舞台を大阪で観たことがきっかけで、
『親父(おやじ)ってこんなにおもしろいことやってんねや!』
と思い、岡部ひろきの名前で舞台を中心に俳優活動をしています。
ひろきさんは岡部たかしさんに演技のアドバイスをもらうこともあるそうで、2023年には
『父親というより、やっぱり役者の先輩です』
と話してします。