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高田敏江の結婚や夫は?子供は何人?現在や高校などの学歴や生い立ち・経歴

高田敏江さんは群馬県出身の女優。

生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?

現在の活動は?

結婚や夫は?

子供は何人?

今回は女優の高田敏江さんについてリサーチしてみました。

高田敏江の学歴・生い立ち・経歴

名前   高田敏江
生年月日 1935年3月3日
出身   群馬県
身長   156cm
所属   アニマ・エージェンシー

 

高田敏江の学歴

小学校・群馬大学教育学部附属小学校

中学校・群馬大学教育学部附属中学校

高校・前橋女子高校

大学・日本社会事業大学

群馬県前橋市出身。

小学校は群馬大学教育学部附属小学校、中学校は群馬大学教育学部附属中学校を卒業。

1945年8月、10歳の時に前橋市で空襲を経験。

高田敏江さんは空襲を心配した父親の考えで、赤城の山の中腹に避難していたおかげで助かったそうです。

空襲はでは無事でしたが、赤痢にかかり生死をさまよったといいます。

群馬大学教育学部附属小学校・中学校は群馬県前橋市にある国立の学校。

小中一貫教育で小学校の卒業生はそのまま中学校に入学すようです。

高校は前橋女子高校を卒業。

前橋女子高校は群馬県前橋市紅雲町にあり県立の女子校。

現在の偏差値は68。

大学は日本社会事業大学に入学。

日本社会事業大学は東京都清瀬市竹丘にある私立大学。

1946年にGHQに設立された日本社会事業学校を前身で1958年大学としてに設立されました。

高田敏江さん大学では児童福祉を学んでいました。

大学は中退し女優の道に進みました。

高田敏江 女優になったきっかけ

映画会社の東映から声を掛けられたことがきっかけで、1954年に東映ニューフェイスの第1期生となりました。

同期には中原ひとみさんがいました。

同年に高原紀子の芸名で映画デビュー。

その後、劇団民藝に入団に舞台でも1971年に退団するまで活躍しました。

1960年代からはテレビドラマでも活動し、1969年10月からはテレビ朝日系のワイドショー番組『アフタヌーンショー』の司会も担当。

1979年10月から放送されたTBS系学園ドラマ『3年B組金八先生』では鶴見辰吾さんのの母親役を演じました。

高田敏江の現在は?

高田敏江さんは現在は女優としての活動は減り、朗読劇で活動をしてるようです。

戦中・戦後初期に生まれた18人の女優が中心となり『夏の会』を設立。

2008年から太平洋戦争や空襲により肉親が被災した子供たちや子供たちが被災した両親らの手記をまとめた文集など基にした朗読劇を2019年まで開催していました。

『夏の会』公演活動に事実上幕を下ろしましたが、2022年にも『夏の雲は忘れない -1945年 ヒロシマ・ナガサキ- 特別編』という朗読劇に出演しています。

高田敏江の結婚や夫は?

高田敏江さんが結婚したのは1961年。

26歳の頃でした。

夫は心理学者の相場均さん。

年齢は11歳年上。

夫の相場均さんは1950年に早稲田大学文学部心理学科卒業。

1951年に渡米し、米国テキサス大学オースティン校、1954年に西ドイツテュービンゲン大学客員研究員を経て、早稲田大学文学部心理学科教授に就任。

結婚生活は15年目の1976年に夫の相場均さんは、急性心不全のために長野県松本市で51歳で他界しました。

高田敏江さんが41歳の時でした。

その後、再婚はしていないようです。

高田敏江の子供は何人?

高田敏江さんの子供は息子がいるようです。

息子が2人いるとの情報がありました。

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