お笑いコンビ・ティモンディのボケ担当で、「やればできる」のセリフで知られる高岸宏行ささん。
妻は女優の沢井美優さんですが馴れ初めや子供は?
この記事では高岸宏行さんのと妻の馴れ初めや経歴などについてリサーチしています。
高岸宏行と沢井美優の馴れ初めは?
高岸宏行さんと沢井美優さんが結婚を発表したのは20222年10月22日。
高岸さんが30歳、沢井さんは5歳年上で34歳の時でした、。
馴れ初めは沢井さんが高岸さんに一目惚れしたこと。
『出会いは3年ぐらい前にテレビを見て一目ぼれして』
沢井さんは好きになりすぎて、それまで行ったことなかったお笑いライブに高岸さん見たさに行き、出待ちもしていたといいます。
沢井さんはアピールを続け、ライブに足を運ぶうちにお互いのマネージャー同士が知り合いだったことが判明。
挨拶させてもらえるようになり、そこで沢井さんから「連絡先を教えてください!」と頼んだそうです。
最初のデートは公園で、高岸さんは全身オレンジの服だったといい、ベンチで話しをしたそうです。
交際機関2年半で結婚。
高岸さんの部屋で「僕とバッテリーを組んでください!」プロポーズをし、沢井さんは「はい」と答えたそうです。
高岸宏行と沢井美優の子供
高岸宏行さんと沢井美優さんの子供は1人。
子供の誕生は2024年11月14日に発表。
沢井さんが37歳の時の出産でした。
高岸宏行の経歴
愛媛県西条市生まれ、滋賀県大津市育ち。
兄が2人、妹が1人の4人兄弟の3番目。
小学3年生の時に野球を始め、大津市立青山中学校jぢ愛は野球部には所属せず、滋賀県草津市の軟式野球チーム「湖南クラブ」に所属。
高校はスポーツ推薦で、愛媛県松山市の私立高校・済美高校に入学し野球部に所属。
寮生活を送りました。
高校2年生が内野手兼控え投手としてレギュラーに定着。
投手としては高校3年生の時にMAX147㎞、打者としては高校通算20本塁打を記録しました。
阪神とヤクルトのスカウトから注目されましたが、指名があっても「育成枠」だったことから、欲しがってくれた東洋大学に入学。
ドラフトで上位の指名を目指しましたが、3年生の時に、肘の故障とイップスを起こし野球を断念。
東日本大震災後のサンドウィッチマンの支援活動を見て「芸人ってすごい職業だ」と感じたことを思い出し、高校の野球部で出会い、別の大学に進学していた前田裕太さんを誘い2015年にコンビを結成。
コンビ名の「ティモンディ」は高岸さんの夢の中に出てきた単語だといいます。
独特しゃべり方とポジティブなキャラクターでブレイクしました。
沢井美優の経歴
神奈川県横浜市出身。
父親、母親、3歳年上の姉の4人家族。
小学生からバスケットボールを始め、中学時代はバスケットボール部のキャプテンを務めました。
2001年、中学2年生の時に横浜市内で母親と一緒にいた時にスカウトされ芸能界入り。
演技にはもともと興味があったそうです。
『ラブベリー』専属モデルとして活動し、2003年から2004年にかけて放送されたドラマ『美少女戦士セーラームーン』(CBCテレビ)で主演。
以降は女優としてドラマを中心に活動しています。