神奈川県出身の俳優・高橋克典さん。
生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?
俳優になったきっかけは?
結婚や妻は?
子供は何人?
今回は俳優の高橋克典さんについてリサーチしてみました。
高橋克典の学歴・生い立ち・経歴
名前 高橋克典
生年月日 1964年12月15日
出身 神奈川県
身長 175cm
血液型 O型
所属 ケイダッシュ
小学校・青山学院初等部
中学校・青山学院中等部
高校・・青山学院高等部
大学・・青山学院大学経営学部(中退)
神奈川県横浜市出身。
両親は共に音楽家。
父親は元音楽教師で、後に作曲家・指揮者として活動。
母親はは芸大卒業の声楽家で、青学短大の名誉教授。
母方の祖父は、満州鉄道に勤務し、後にアメリカ大使館に勤務。
俳優の梅宮辰夫さんは母親のいとこ。
兄弟はなくひとりっ子。
子供の頃の習い事はピアノ。
小学校、中学校、高校、大学とすべて青山学院に入学。
東京都渋谷区にある私立学校。
青山学院中等部の偏差値は72。
青山学院高等部の偏差値は72
青山学院大学経営学部の偏差値は62。
小学校からラグビーをはじめ、中学校、高校もラグビー部に所属。
中学時代にバンドを始め、高校時代もバンド活動をしていました。
大学は2年休学し、9年間在籍して退学。
大学を何度も辞めようと思い、退学届けを提出しましたが、母親が系列の学校の教授だったため、退学届けが戻ってきたそうで、4回目に諦めてとりあえず籍だけ置いておくことにしたそうです。
高橋克典が俳優になったきっかけ?
『俳優になろうと思ったきっかけはドラマ『前略おふくろさま』を見学したこと。』
引用 https://news.radiko.jp/
高橋克典さんは親戚の梅宮辰夫さんが出演していたドラマ『前略おふくろ様』の撮影を見学したことで俳優になりたいと思ったそうです。
俳優になりたい思いを梅宮辰夫さんに打ち明けると、
『ダメだ、お前みたいな顔してるのは。』
と一蹴され、負けん気が強い高橋克典さんは、
『ならば自分でやってやる』
と奮起し、俳優を目指しました。
高橋克典 俳優デビュー後
1989年9月公開の映画『六本木バナナ・ボーイズ』で映画デビュー。
1990年、オーディションに合格して、自由劇場の舞台『もっと泣いてよフラッパー』に吉田日出子さんの恋人の八百長ボクサー役で出演。
ドラマの脇役などを経て、1993年2月、『抱きしめたい』をリリースし歌手デビュー。
同曲は『いつみても波乱万丈』(日本テレビ系)のエンディング・テーマに採用。
1995年8月放送のドラマ『リング~事故か!変死か!4つの命を奪う少女の怨念』でドラマ初主演。
1999年1月から放送されたドラマ『サラリーマン金太郎』で連続ドラマ初主演。
同年11月公開の映画『サラリーマン金太郎』で映画初主演。
同映画で、
第23回日本アカデミー賞・新人俳優賞
を受賞。
2008年10月、BS朝日の『愛のワンニャン大作戦』でバラエティ番組初司会を務めました。
高橋克典の結婚や妻は?
高橋克典さんが結婚したのは2004年10月。
39歳の時でした。
妻はモデルの中西ハンナさん。
年齢は15歳年下で、結婚時は24歳。
中西ハンナさんは父親がドイツ人、母親が日本人のハーフ。
高橋克典さんと中西ハンナさんの出会いは友人に誘われて行った飲み会。
高橋克典さんが中西ハンナさんに一目惚れ。
高橋克典さんからのアプローチで交際がスタート。
約3年の交際期間を経て結婚しました。
高橋克典の子供は何人?
高橋克典さんの子供は1人。
子供は息子です。
2009年2月に長男が誕生しました。
結婚5年目の子供で、生まれた時、高橋克典さんは44歳でした。