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渡部絵美の結婚歴や夫、子供は?フィギュアを始めたきっかけや現役時代の活躍

元フィギュアスケート選手で、日本フィギュアスケート人気の礎を築いた1人の渡部絵美さん。フィギュアスケーと始めたきっかけや、現役時代の活躍やオリンピックの成績は?
結婚歴や夫、子供は?

今回は元フィギュアスケートの渡部絵美さんをリサーチしてみました。

渡部絵美の学歴・経歴

名前   渡部絵美
生年月日 1959年8月27日
出身   東京都
身長   155cm
血液型  O型
所属   エミ・エンタープライズ

東京都世田谷区生まれ。父親、母親、兄2人、姉2人の7人家族。
父親は日本人、母親はフィリピン人のハーフです。
元海軍中尉だった父親が出征先のフィリピンで、大きな農園の娘だった母親と出会い国際結婚。
父親は戦後にはパンアメリカン航空に勤務していました。

8歳の時フィギュアスケート始め、9歳の時にアメリカにフィギュアスケート留学。
母親と共に渡米し、ミネソタ州ミネアポリスで生活し、中学校、高校はミネアポリスの学校に通いました。

高校卒業後は帰国し、上智大学・国際学部に入学しましたが、1979年にスケートの名門大学だった専修大学に移籍し卒業しました。

フィギュアスケートを始めたきっかけ

渡部絵美さんがスケートは始めたのは2歳の時で、10歳年上の姉の影響でした。
8歳の時に本格的にフィギュアスケートを始め、コーチと父親の勧めで小学4年生、9歳の時にアメリカ・ミネアポリスにスケート留学。
元世界チャンピオンでガルミッシュパルテンキルヘンオリンピック銅メダリストのフェリックス・カスパーさんの指導を受けました。
12歳の時に1972年札幌オリンピックのジャネット・リンさんの演技をミネアポリスの宿舎のテレビで見て、オリンピックに出たいと思うようになったといいます。

現役時代の活躍やオリンピック

札幌オリンピックの2ヵ月後に12歳で出場した全日本フィギュアスケートジュニア選手権で優勝。
同年に出場した全日本フィギュアスケート選手権でも優勝しました。
その後、引退まで8連覇を達成しています。

1976年インスブルックオリンピックに16歳の若さで出場し、結果は13位。
高校卒業後は引退を考えましたが、イタリア出身のカルロ・ファッシコーチに声をかけられ現役を続行。
1979年の世界フィギュアスケート選手権では、日本女子のフィギュアスケート選手として初めての銅メダルを獲得しました。
メダルが確実視された1980年レークプラシッドオリンピックではショートプログラムで得意のダブルアクセルーダブルループジャンプコンビネーションに失敗、フリーではノーミスの演技でしたが6位入賞に留まりました。

1980年6月23日、20歳の時に引退を発表しました。

引退後の活動

引退後はプロに転向しアイスショーで活躍。タレントとしても活動を始めました。
2001年には、第19回参議院議員通常選挙比例代表に自由連合から立候補しましたが落選。
所属した政党・自由連合では政策審議会副会長を務めました。

近年は講演活動を行いながら、スケート教室を開き子供たちにスケートを教えているようです。
2022年4月からはTBSラジオの「Nissho プレゼンツ 渡部絵美の住まいるハウス」のパーソナリティを務めています。

渡部絵美の結婚歴や夫、子供

渡部絵美さん結婚歴は2回で、最初の結婚は1989年、30歳の時。
9歳年上のアイスホッケーのオリンピック代表選手だった男性と結婚しました。

1990年8月には息子の(たける)さんが誕生しましたが、1992年に離婚しています。
息子の親権は渡部さんが持ちました。

2020年9月、61歳の時に6歳年下で放送局関係の会社に勤務する男性と趣味のゴルフがきっかけで再婚。
夫も再婚で、交際期間は7~8年だったといい、老後の不安などもあり籍を入れたといいます。

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