安藤優子の旦那や子供について、略奪愛や年収、高校、大学などの学歴や経歴

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ニュースキャスターの安藤優子さん。

安藤優子さんは結婚しているのでしょうか?

旦那や子供は?

略奪愛の噂とは?

ギャラや年収は?

今回は女性ニュースキャスターの安藤優子さんをリサーチしてみました。

安藤優子の結婚歴と旦那は略奪愛?子供は?

安藤優子さんの結婚歴は2回。

最初の結婚は1989年12月、31歳のとき。

旦那は電通の国際営業部媒体部部長だった14歳年上の男性。

結婚時、旦那は44歳だったようです

離婚したは1994年。

結婚生活は約4年でした。

2度目の結婚は2006年12月、48歳のとき。

旦那はフジテレビプロデューサーのの堤康一さん。

堤康一さんは1958年生まれで安藤優子さんと同い年で結婚歴があるようです。

堤康一さんは『直撃LIVE グッディ!』の製作総指揮でもあり、安藤優子さんを抜擢したのも堤康一さんのようです。

どちらの結婚でも安藤優子さんが産んだ子供はいないようです。

後にこの2回の結婚が略奪愛と報じられました。

2人とと安藤優子さんとの結婚前に離婚しているようです。

最初の旦那とは結婚前の1988年に関係が報じられて、安藤優子さんは『ただのゴルフ友達です』と言いましたが、男性は17年連れ添った妻と離婚し、その後に安藤優子さんと結婚。

2回目のスキャンダルは1996年。

安藤優子さんの自宅マンションに通う男性がスクープされされ、それが後に結婚する堤康一さんでした。

当時、堤康一さんには妻がおり、直撃取材で、

『彼女とはもう10年来の付き合い。仲はいいですよ。僕は、彼女の何人もいる友達の輪の中の一人ですよ。他にも出入りしている人はいますから』

と答えました。

安藤優子さんと堤康一さんが結婚する10年も前のことです。

安藤優子さんと堤康一さんの出会いは1987年で安藤優子さんが『FNNスーパータイム』に出演していたときに、堤康一さんはディレクターを務めていたそうです。

安藤優子さんは直撃取材で、

『よき理解者と言うか兄妹以上っていう関係ですかね』

と答えていたようです。

安藤優子のギャラや年収

安藤優子さんのギャラは、『直撃LIVEグッディ!』が終了した2020年9月の報道で、

『年間1億円以上と言われている高額ギャラがネック』

引用 http://mainichibooks.com/

とされており、安藤優子さんの年収は最低でも1億円以上と報じられました。

2019年3月の報道でも、安藤優子さんのギャラは週給200万円で年収1億2500万円とされていました。

安藤優子の高校や大学などの学歴や経歴

安藤優子さんは1958年11月19日生まれ。

千葉県市川市出身。

実家は比較的裕福だったようです。

子供のころの習い事はバレエなど。

幼いころはやんちゃで、よく母親に叱られては

『外で反省しなさい!』

と庭に出されたそうです。

しかし時には誤りたくないと反発し、翌朝まで飼っていたコリー犬の小屋で過ごしたこともあったといいます。

バレエ教室の帰りにバイクにひかれて、背中にタイヤの跡をつけたまま、ケロッとした顔で帰ったことがあったと話しています。

小学校は市川市立八幡小学校

中学校は千代田区立九段中学校

高校は日比谷高校

日比谷高校は東京都千代田区にある男女共学の都立高校。

偏差値は73

1878年9月に設立された伝統ある高校で、『吾輩は猫である』で知られる小説家の夏目漱石さんも卒業生です。

安藤優子さんは高校時代に、交換留学生としてアメリカのミシガン州ハートランド高校へ2年間留学。

私立オークランド・カレッジを経て帰国し、帰国後は、

上智大学外国語学部比較文化学科を卒業しました。

安藤優子 きっかけはスカウト

大学在学中はメディア志望ではなく、報道の仕事に就きたいとは全く思ってはいなかったそうです。

安藤優子さんはホテルを取り仕切るホテルウーマンになりたかったと話しています。

安藤優子さんがテレビ業界・報道の仕事することになったきっかけはスカウト。

大学時代、安藤優子さんはホテルウーマンになるため、再び留学してホテルマネジメント学を学ぶ費用捻出のため渋谷のパルコでエレベーターガールのアルバイトをしていました。

そこで、外国人を英語で会話しているところ、アメリカの旅番組のレポーターを探していたテレビ朝日のプロデューサーの目に止まりにスカウトされたそうです。

プロデューサーは、

『学生だろうし、暇そうだし、長く行くアメリカの旅番組に安く使えそうだ』

と思い声をかけたんだとか。

大学4年生のとき、同局の報道番組『BIG NEWS SHOW いま世界は』でデビュー。

当初は安藤優子さんはアルバイトのつもりで入ったため、現場で怒られたときには、『だって私、アルバイトだもん』との思いがあり、言い訳ばかりしていたといいます。

安藤優子さんの意識を変えたのが、共産主義時代のポーランド取材経験だったそうです。

当時の大統領候補で水面下で非合法のことをしていていると噂された人物のインタビューを取ってくるのがしごとだたそうですが、アポは取れず1ヶ月以上が過ぎ安藤優子さんは限界に。

上司に『もう帰りたい』と泣きつき、翌朝に帰るチケットまで用意してもらったそうです。

しかし、そのチケットをを受けとったら、逃げ出す自分のことが嫌になって、『最後までやらせてください』と頼みこむ安藤優子さんがいたといいます。

そのときから考えが変わり、『諦めるのはいつでも出来る』と思うようになったそうです。

大学在学中に、『TVスクープ』『ニュースステーション』『CNNデイウォッチ』などでリポーターを務め、、民放連賞、フィリピン政変のリポートでギャラクシー賞個人奨励賞を受賞。

その後は、大学を休学して仕事を続けました。

TBS系『全日本F2選手権』のピットリポーターなども務め、1986年、28歳の時に大学へ復学。

1987年10月からフジテレビ系の夕方の報道番組『FNNスーパータイム』に 逸見政孝さんとキャスターとして出演。

1988年春に上智大学を卒業。

1994年4月から2000年3月まで、フジテレビ系の深夜枠の『ニュースJAPAN』にてキャスターを務め、2000年4月3日から2015年3月まで『FNNスーパーニュース』のメインキャスターを務めました。

2015年3月から、2020年9月までフジテレビ系の情報・ワイドショー番組『直撃LIVE グッディ!』のキャスターを務めました。

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