塙宣之(ナイツ)の結婚歴や妻は?子供は何人?高校、大学などの学歴や経歴・生い立ちや漫才協会会長就任

千葉県出身のお笑い芸人・塙宣之さん。

生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?

お笑い芸人になったきっかけは?

ナイツのブレイクのきっかけは?

結婚歴や妻は?

子供は何人?

漫才協会会長に就任?

今回はナイツの塙宣之さんをリサーチしてみました。

塙宣之の学歴・生い立ち・経歴

名前   塙宣之(はなわ のぶゆき)
生年月日 1978年3月27日
出身   千葉県我孫子市
身長   172cm
血液型  A型
所属   マセキ芸能社

 

塙宣之の学歴

小学校・佐賀市立鍋島小学校

中学校・佐賀市立鍋島中学校

高校・・龍谷高校

大学・・創価大学

父親は大手商社に勤務するサラリーマンでした。

5歳年上と2歳年上の兄がいる3人兄弟の末っ子で、次兄はピン芸人のはなわさん。

子供の頃から兄弟仲はよかったたといいます。

千葉県我孫子市で生まれ、小学校は我孫子市立根戸小学校へ入学し、5年生の時に佐賀県佐賀市に引っ越しました。

小学校は佐賀市立鍋島小学校に転校して卒業。

佐賀県に引っ越した時、ガリガリで眼鏡をかけていたためあだ名は『ガンジー』でした。

中学校は佐賀市立鍋島中学校を卒業。

中学時代はバレーボール部に所属していました。

高校は龍谷高校・普通科仏教コースに進学。

龍谷高校は、佐賀県佐賀市水ヶ江にある男女共学の私立高校で、偏差値は44。

高校時代はガソリンスタンドなどでアルバイトをしていました。

高校卒業後は、創価大学・経済学部に進学。

創価大学は、東京都八王子市丹木町にある私立大学で、経済学部の偏差値は42。

大学時代は落語研究会に所属し部長も務め、就職活動はせず大学卒業後はお笑い芸人を目指しました。

塙宣之がお笑い芸人になったきっかけは?

塙宣之さんは小学生の頃からお笑いが好きで、中学校では人を笑わせて人気者だったといいます。

中学時代に見たダウンタウンの漫才の衝撃を受け、本格的に芸人を志すようになり、中学3年生の時には友達とコンビを組んで『お笑い甲子園』の予選に出場しました。

高校2年生の時には、第二の博多華丸・大吉を作る吉本興業主宰のオーディション番組『第3回激辛!? お笑いめんたい子』に同じ友達と出場して優勝し、スカウトされ福岡吉本に入ることが決まったといいます。

しかし、兄のはなわさんがすでに芸人になっていたこともあり、『何で2年連続で芸人を支えなきゃいけないんだ』と母親が吉本に断ったそうです。

優勝したのにも関わらず反対されたことに塙宣之さん抵抗しましたが、母親には、

『福岡吉本で売れて、もう1回東京行って売れるの大変じゃない。初めから大学東京に行って、そこで売れた方が1回で済むじゃない』

と説得され福岡吉本入りを断念し、大学に進学しました。

塙宣之 ナイツを結成

ナイツの相方の土屋伸之さんは創価大学の1年後輩で、大学で出会いました。

土屋伸之さんは公認会計士を目指していましたが、勉強についていけなくなり断念。

そんな時、塙宣之さんがやっていた落語研究会のライブを見て癒され、2年生の時に落語研究会に入りました。

塙宣之さんは別の相方と『ナイツ』として活動し、4年連続で大学対抗『冗談リーグ』で全国1位になっていて、土屋伸之さんは憧れていたといいます。

その後、ナイツは解散。

塙宣之さんが大学卒業後の2000年4月に、落研でやってた合同コントなどを器用にこなしていた当時4年生の土屋伸之さんを誘いコンビを結成。

コンビ名を決める時に土屋伸之さんが

『ナイツってコンビが好きなんで、そのままナイツってコンビで良いです』

といったことからナイツになったそうです。

ナイツのブレイクのきっかけは?

ナイツは2001年からM1グランプリに出場し、2008年に初めて決勝に進出。

決勝で『ヤホー漫才』を披露し、結果は3位でしたが、この言い間違いだらけの『ヤホー漫才』が注目されてブレイクし、テレビ出演が増えました。

塙宣之の結婚歴や妻は?

塙宣之さんが結婚したのは2009年2月、30歳の時でした。

妻は高校の先輩で会社員の女性で、長らく交際をしていたといいます。

子供が生まれたことを機に、2世帯住宅を建て、妻の両親と同居しているそうです。

塙宣之の子供は何人?

塙宣之さんの子供は娘が3人。

2014年1月の長女、2016年5月に次女、2018年6月に三女が誕生しています。

塙宣之が漫才協会の会長に就任

ナイツは2000年の結成直後に、所属した事務所のマセキ芸能社の指示で漫才教会に入会し、協会本部近くの浅草フランス座演芸場東洋館で芸を磨きました。

2007年6月、塙宣之さんが29歳の時に、史上最年少で漫才協会の理事に就任すると、知名度の低いベテラン芸人のエピソードを、ラジオやテレビで紹介するようになり、不仲で知られた『おぼん・こぼん』の不仲いじりは話題になりテレビで仲直り企画が放送されました。

2015年6月、37歳の時に漫才協会の副会長に就任し、2023年6月に45歳で漫才協会社員総会・理事会において、同協会の会長に就任しました。

前任は16年務めた青空球児・好児の球児さん(当時81歳)で、球児さんは名誉会長となりました。

漫才協会は入会金3万円(コンビなら1人1万5千円)で年会費は1万2000円で、常設の寄席に出演できるというメリットがあるそうです。

錦鯉、カミナリ、U字工事、小島よしおさん、はなわさんども入会しています。

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