東京都出身の渡辺美佐子さん。
生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?
女優になったきっかけは?
結婚や夫は?
子供はいる?
今回は女優の渡辺美佐子さんについてリサーチしてみました。
渡辺美佐子の学歴・生い立ち・経歴
名前 渡辺美佐子
生年月日 1932年10月23日
出身 東京都
身長 156cm
所属 岩渕ぐるうぷ
小学校・笄(こうがい)国民学校
中学校・実践女子学園中学校
高校・・実践女子学園高校
大学・・進学していません
東京府東京市麻布区(現在の東京都港区)出身。
父親は帽子の問屋。
母親は専業主夫。
5人兄弟の末っ子。
小学校は笄(こうがい)国民学校。
現在の港区立笄小学校。
小学校3年生の時に太平洋戦争が始り、小学5年生の時には疎開で1学年に何百人もいた生徒が15人ぐらいになったといいます。
小学6年生の時に空襲を体験し、食べるものにも困ったそうです。
疎開先の長野県で終戦を迎えました。
中学校、高校は実践女子学園を卒業。
実践女子学園中学校。高校は東京都渋谷区東にある私立の女子校。
完全中高一貫制で高校からの生徒募集はありません。
現在の実践女子学園中学校の偏差値は50。
高校卒業後は大学には進学せず、女優を目指しました。
渡辺美佐子が女優になったきっかけ
『高校3年のとき、たまたま憧れの俳優、信欣三(しん・きんぞう)を通学途中の電車内で見つけ、後をつけたところ、たどり着いたのが劇団俳優座。入り口で事務員風の女性から志願者と勘違いされて手渡されたのが、俳優座養成所3期生の募集要項だった。』
引用 https://www.sankei.com/
当時は女優になりたいと思ったことは1度もなかったそうですが、高校卒業後の進路を決めかねていたこともあり、俳優座養成所に入所したそうです。
同期には愛川欽也さんなどがいました。
俳優座養成所卒業後は養成所の1年先輩の小沢昭一さんがが立ち上げた『劇団新人会』に入団。
舞台『家庭教師』で初舞台を踏みました。
渡辺美佐子 ブルーリボン賞を受賞
1953年1月公開の映画『ひめゆりの塔』で映画デビュー。
当時20歳でした。
1958年11月公開の映画『果しなき欲望』の演技で、
第9回ブルーリボン賞・助演女優賞
を受賞。
1964年の大河ドラマ『赤穂浪士』に出演。
1970年代以降はドラマで活躍。
1979年にはTBS系クイズ番組『ぴったしカンカン』に出演し、カンカンチームのキャプテン代理を務めた回もありました。
2022年5月に『舞台俳優』の引退を発表。
引退は舞台だけで朗読などは続け、映像の仕事は『おもしろそうなものがあれば』と現役を続行すると話しました。
渡辺美佐子の結婚や夫は?
渡辺美佐子さんが結婚したのは1965年。
32歳の時でした。
夫はTBSのプロデューサーだった大山勝美さん。
年齢は同い年。
大山勝美さんは『岸辺のアルバム』、『想い出づくり。』、『ふぞろいの林檎たち』などプロデュース・演出を手掛け、“ドラマのTBS”の全盛期を築き上げました。
1998年にはギャラクシー賞テレビ部門個人賞を受賞しています。
渡辺美佐子さんと大山勝美さんはドラマで出会いました。
ワイシャツの襟が汚れていたので、渡辺美佐子さんが、
『もしかして独身?』
と尋ねたことがきっかけで親しくなり、交際に発展。
1年の交際期間を経ての結婚でした。
夫の大山勝美さんは1998年に『ギャラクシー賞』受賞して間もなく胆管がんが発覚。
手術を受け、病状は安定していましたが、2012年に胆管がんの合併症による腸閉塞となり、入退院を繰り返し、 2014年10月5日に多臓器不全のため亡くなりました。
82歳でした。
渡辺美佐子に子供はいる?
渡辺美佐子さんの子供は1人。
『現在は息子との2人暮らし。』
引用 https://mainichikirei.jp/
子供は息子のようです。
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