東京都出身の実業家、元女優・鮎川いずみさん。
生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?
デビューしたきっかけは?
芸能界引退の理由は足切断?
結婚歴や夫は?
子供はいる?
今回は元女優の鮎川いずさんをリサーチしてみました。
目次
鮎川いずみの学歴・生い立ち・経歴
名前 鮎川いずみ
生年月日 1951年3月8日
出身 東京都港区
身長 158cm
血液型 O型
中学校・立教女学院中学校
高校・・アメリカンスクール・イン・ジャパン
大学・・大学には進学していません
出生名は加藤千枝。
父親は貿易商で、裕福な家庭に育ち、3歳からクラシックバレエ、ピアノなどを習っていました。
中学校は立教女学院中学校、高校は立教女学院高校に進学。
立教女学院中学校・高校は東京都杉並区久我山にある私立の女子校。
立教女学院中学校の偏差値68、完全中高一貫制のため高校での生徒募集はありません。
中学、高校時代は演劇部に所属。
高校は中退し、アメリカンスクール・イン・ジャパンに編入して高校を卒業。
高校卒業後は、大学などには進学していません。
鮎川いずみがデビューしたきっかけは?
鮎川いずみさんのデビューのきっかけはスカウト。
習い事の先生が、芸能事務所の社長と知り合いで、16歳の時に『映画に出てみないか』と誘われ、学校では演劇部に入っていたことから両親に相談し、1回だけとの約束で、1967年10月公の映画『また逢う日まで 恋人の泉』に出演し、女優デビューしました。
鮎川いずみ デビュー後
1967年に映画でデビュー後、翌年の1968年にはミス宝くじ・幸運の女神のメンバーとして活動し、その後はテレビドラマを中心に映画・舞台にも出演し女優として活躍。
1979年からテレビ朝日系の時代劇『必殺仕事人』で演じた、何でも屋の加代 役で知名度をあげ、1982年10月には『必殺仕事人Ⅲ』の主題歌『冬の花』歌手デビュー。
同曲は約20万枚の売り上げを記録し、日本有線大賞新人賞も受賞しました。
その後は、『桃太郎侍』、『遠山の金さん』時代劇に多く出演し、1987年には刑事ドラマ『ザ・ハングマン』にアイリス 役でレギュラー出演しました。
鮎川いずみの引退理由は足の切断?
鮎川いずみさんTBS系の時代劇『大岡越前』にお蓮 役で準レギュラー出演だった、1992年にプライベートの事故で足を骨折し3ヶ月の入院。
『大岡越前』は途中降板し、その後、突如芸能界を引退。
41歳の頃でした。
鮎川いずみと検索すると『足切断』で関連ワードが出て多く検索されているようですが、足を骨折する事故は起こしましたが、足は切断はしていません。
20年後のインタビューで、芸能界を引退した理由について、
『プライベートで足を骨折し、3カ月入院したときに決心しました。自分は芝居が下手だって気持ちがどこかにあったんですね。その後は広告代理店を起こしたり、主人と結婚したりといろいろあり、現在に至ってます』
と話しました。
引退後は広告代理店を設立しました。
鮎川いずみの結婚歴や夫は?
鮎川いずみさんの結婚歴は2回のようです。
最初の結婚や離婚の時期は不明でした。
再婚したのは1995年、44歳の時。
夫は野村総合研究所元専務の玉尾豊光さん。
鮎川いずみさんは再婚後の2004年からは、化粧品ブランド『rich-lamella(リッチ・ラメラ』を設立しています。
鮎川いずみに子供はいる?
『会社役員だったダンナと都内に2人暮らし。子供はいない。』
引用 http://www.nikkan-gendai.com/
鮎川いずみさんに子供はいないようです。
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