南野陽子の旦那の結婚歴や子供、現在の活動や高校などの学歴や経歴

80年代に活躍したアイドルの南野陽子さん。

南野陽子さんは結婚して旦那がいますが、旦那には結婚歴があるようです。

南野陽子さんに子供はいるのでしょうか?

南野陽子さんの現在の活動は?

今回は元アイドルの南野陽子さんについてリサーチしてみました。

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南野陽子の旦那の結婚歴や子供

南野陽子さんが結婚したのは2011年3月。

43歳のときでした。

旦那は一般男性。

旦那は南野陽子さんの4歳年下で、職業は会社経営者。

当時の報道ではインターネット関連会社社長と紹介されました。

結婚当時、39歳でした。

南野陽子さんと旦那の出会い・馴れ初めは焼肉店。

『相手は39歳の会社経営者。昨年9月(2010年)に焼き肉店で出会って意気投合』

引用 https://www.j-cast.com/

出合ってわずか半年でのスピード結婚だったといいます。

記者会見では左手薬指に1000万円以上するといわれたハリー・ウィンストンの婚約指輪をはめていましたが、

『さすがセレブ婚と言われていたが、実はこの指輪すら、南野のカードで購入したものだったと判明』

引用 https://news.nicovideo.jp/

南野陽子さんは初婚でしたが、旦那は再婚だったようです。

旦那が離婚したのは、南野陽子さんと結婚する3ヶ月前との情報もありました。

子供もおり、

『銀座のクラブママとの間に隠し子をもうけていたことが発覚。』

引用https://www.excite.co.jp/news/

旦那が結婚していた女性との子供ではないようで、クラブママとの関係は南野陽子さんとの結婚後の2015年に判明したと報道されています。

南野陽子さんと旦那の間に子供はいないようです。

結婚後はトラブルが多く、2018年には、

『女優・南野陽子(50)の夫である金田充史容疑者。3月26日に書類送検されているが、新たな横領疑惑も浮上している。』

引用 https://smart-flash.jp/

と報じられ複数のトラブルがあったとされています。

横領疑惑は旦那が2017年から経営しているクリニックで数千間円の使途不明金があったとされているようです。

2019年には『離婚に向けた話し合いが進んでいる』と報道されました。

南野陽子の現在の活動

南野陽子さんはアイドル歌手としてデビューしましたが、歌手としてシングルをリリースしたのは1991年6月まで。

2005年7月に自身の曲のセルフカバーを発売していますが、現在は歌手としての活動はしていないようです。

現在は女優として活動しており、ドラマを中心に年に2本~3本、多い年には5本出演しています。

2000年代前半までは映画や舞台も毎年のように出演していました、近年では数年に1本ほどのようです。

2020年にはTBS系の高視聴率ドラマ『半沢直樹2』にIT企業『スパイラル』を買収しようとする『電脳雑伎集団』の副社長・平山美幸役を関西弁で演じ話題になりました。

台本では関西弁ではなく、標準語だったそうで監督やスタッフと話し関西弁で演じることになったそうです。

南野陽子さんは、平山美幸役を関西弁で演じるにあたり、関西の『おばさん』というよりは『おばさま』という感じの上品さを意識したと話していました。

南野陽子の高校などの学歴や経歴

南野陽子さんは1967年6月23日生まれ。

兵庫県出身。

父親は会社員。

長女で兄弟は1歳下の弟。

中学校は松蔭女子学院松蔭中学校 

松蔭中学は兵庫県神戸市にある私立の女子中学で偏差値は48

ミッション系の学校で、お嬢様学校として知られているようです。

中学時代はフォークソング部とモダンダンス部に所属。

ダンス部に所属していましたが、足が非常に遅いなど運動は苦手だったといいます。

高校は松蔭女子学院松蔭高校

松蔭高校の偏差値は56ですが、南野陽子さんは松蔭中学から内部進学しています。

高校3年生の3学期から、堀越高校に編入し、同校を卒業しました。

南野陽子さんの芸能界デビューのきっかけは、高校1年生のときのスカウト。

大阪のホールで開かれていた公開番組を観に来ていとき、にカメラマンが声をかけられスカウトされたそうです。

その後、南野陽子さんは事務所に見学に行き、その時、レコード会社の人にも会わされたといいいます。

南野陽子さんは見学のつもりで来ていてオーディションだとは思っていなったため、レコード会社の人の『ちょっと歌ってごらん』の声にも『嫌です』と拒否したんだとか。

南野陽子さんはレコード会社の人に

『レコード会社対抗の運動会とか、水泳大会とか、そういうのにも出なきゃいけなくなる状況は、私は嫌なんです』

ともキレ気味でいったそうです。

レコード会社の人はオーディションのつもりできていたため、驚いたようだったそうですが、1人くらい変わった子がいても良いと判断され、南野陽子さんのデビューの流れが生まれたといいます。

南野陽子さんは芸能界デビューへの気持ちは固まっていませんでしたが、南野陽子さんが衣替えをしているのを見た両親が、芸能界に入るための家出と勘違いし勝手に、学校の先生に相談、それ受け担任がクラスで『南野が歌手になるらしい』と勝手に発表し、クラスの友達からお別れのカードをもらってしまうなど、周囲のテンションが上がってしまったそうです。

そのこともあり、両親は反対したそうですが、芸能界入りを決め、高校2年生の夏に上京しました。

南野陽子 アイドルデビュー

1984年、高校2年生の3学期から堀越高校に転入し芸能活動を開始。

同年11月、日本テレビ系のドラマ『名門私立女子高校』に出演し女優デビュー。

翌年の1985年6月、ファーストシングル『恥ずかしすぎて』をリリースしアイドル歌手デビュー。

オリコン週間最高57位でした。

同年11月、フジテレビ系ドラマ『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』で主人公の2代目・麻宮サキ役を演じました。

最高視聴率は19.1%。

このドラマの役は南野陽子さん自身の売り込み獲得したといいます。

『主人公の麻宮サキ役を演じましたが、実はこの役をいただいたのは、グラビア写真を持って、学校帰りにフジテレビに単身売り込みに行ったのがきっかけだったんですよ(笑い)。』

引用 https://www.news-postseven.com/

南野陽子さんはこのドラマの出演で、一躍トップアイドルの座を獲得しました。

1987年2月、映画『スケバン刑事』にも2代目・麻宮サキ役で主演。

主題歌の『楽園のDoor』も歌い、自身初のオリコンチャート第1位を獲得しました。

翌年の1988年1月にはNHKの大河ドラマ『武田信玄』に出演し 湖衣姫役と顔が瓜二つの百姓娘おここ役の1人2役を演じいます。

1989年、1990年には2年連続で日本テレビ系列『24時間テレビ』のチャリティー・パーソナリティを務めました。

 

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