登坂淳一結婚・再婚、嫁や子供について、白髪や退社理由、フライデー騒動とは

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元NHKアナウンサーの登坂淳一さん。

NHKエースとまで言われていたとされますが、NHKの退社理由が気になります。

登坂淳一さんは離婚歴があるようですが、結婚していた嫁は?

再婚相手は?

白髪や、フライデー、騒動についても気になります。

今回は登坂淳一さんをリサーチしました。

登坂淳一の結婚した嫁や子供

登坂淳一さんの最初の結婚は2001年。

元嫁は同期のNHK職員だそうです。

大阪放送局で編成の仕事をしていた方だといいます。

登坂淳一さんが30歳の頃の結婚でした。

離婚したのは2017年の春。

結婚生活は17年でした。

子供について情報は全くありませんでした。

登坂淳一の再婚

登坂淳一さんが再婚したのは2019年3月。

嫁は北海道在住の30代の一般女性で年齢は、登坂淳一さんの9歳年下。

登坂淳一さんは48歳、再婚相手は39歳ぐらいでの結婚のようです。

女優の菅野美穂さんに似ているとも報じれました。

登坂淳一さんと嫁の出会いは2010年の夏で、NHK札幌放送局に勤務していた頃。

登坂淳一さんが鹿児島放送局勤務だった2017年5月に現地を旅行で訪れた女性と再会し、同年の夏から交際が始まったそうです。

2019年4月に、登坂淳一さんがフジテレビ系の「ダウンタウンなう」に出演した際に、再婚した嫁も電話出演し、まだ北海道で仕事をしていると話し、

「奥様が仕事を辞められないのは、登坂さんの収入がまだ不安定だからと聞いたが?」

と質問されると、

「安定するまでは私も支えになろうかと」

と答えていました。

登坂淳一の白髪について

登坂淳一さんの白髪が話題になったのは、2006年12月。

毎日ニュースを読んでいた、登坂淳一さんがある日、突然白髪になり視聴者に驚かれたようです。

当時、登坂淳一さんは35歳。

急に白髪になったわけではなく、それまでしていた白髪染めをやめたそうです。

やめた理由は、美容師から髪の傷みを指摘されたこと。

登坂淳一さんは20代から白髪が増え始め、28歳の時にはすでに白髪染めをしていたそうです。

白髪が急に増えたのは1998年、27歳の時、最初に赴任地の和歌山放送局に勤務し、2年目に和歌山毒物カレー事件が起き、取材を担当していた頃に半年ぐらいの間ものすごく忙しく、この時期にストレスからか、驚くほど白髪が増えたそうです。

登坂淳一の退社理由

登坂淳一さんはNHKを退社した理由について、

「新しいことにチャレンジしたくなったんです。活躍の場をもらい、その時その場所でやるべきことを一生懸命やってきましたが、入局当時にやりたいと思っていたことは1個もかなわなかったので。僕自身は「あさイチ」のような柔らかい番組のMCをやりたかったんですよ(笑い)。生放送で出演者やゲストと楽しくお話ししたり、ほんの少しでも、日々のいろんな人たちに元気を持ってもらえるような。」

引用 https://www.nikkansports.com/

フリーアナウンサーになった後、フジテレビの法同番組の出演が内定していましたが、騒動で
出演を取りやめることを発表しました。

騒動のイメージから、事務所が仕事の営業をかけているがなかなか決まらないといわれていましたが、驚くほど収入は上がったと言ったり、ダウンしたと言ったりもしています。

登坂淳一さんはフリーになった後の収入について2018年7月に日本テレビ系の「ダウンタウンDX」に出演した際に、

「テレビ1本分、ラジオ1本分のそれ(ギャラ)が、出た時間もそれほどでもないのに、”こんなにあるんだ!”っていうくらい」

と話しました。

調べてみるとNHK45歳から49歳の平均年収は1100万円から1250万円。

これは在京の民放に比べると数百万円程安いようです。

しかし、4ヵ月後の同年11月に日本テレビ系の「月曜から夜ふかし」に出演した際には最近の仕事の調子を聞かれ、

そんなに良くはないですけど、まあまあですかね」

と答え、フリーアナウンサーに転身後の収入について聞かれると、

「ダウンしてますね。5分の1とか…全然ダウンしてますよ」

と苦笑しながら答えています。

最初に「まあまあ」と話していることから、フリー転身直後よりもダウンしたといっている可能性もあります。

NHKの1200万円の5分の1だと年収240万円になり、単純計算で月収20万になってしまいます。

だとしたら、「まあまあ」とは言わないと思われます。

登坂淳一のフライデーや騒動

登坂淳一と検索すると「フライデー」「騒動」の関連ワードが出てきます。

フライデーと検索されていますが、登坂淳一さんの騒動を報じたのは、

フライデーではなく「週刊文春」

です。

登坂淳一さんの騒動とは

「後輩アナへのセクハラ騒動」

登坂淳一さんがNHKを退職した2018年1月に報じられました。

内容は、

「札幌放送局時代の2011年6月に、番組の打ち上げの2次会で、新人キャスターの体をさわり、抱きつきやキスを迫った」

といいます。

他の報道では

「後輩の男性アナなどにはパワハラ」

もあったとされました。

このこと騒動が理由で、内定していたフジテレビのニュース番組の出演はなくなりました。

登坂淳一さんは、2019年4月のインタビューで騒動について、

「誤解を受けたことも自分の反省点とはいえ、しばらくは家から出たくなくて、ネットフリックスやアマゾンで死ぬほど映画見てました。」

と話しました。

登坂淳一の高校、大学の学歴・経歴

登坂淳一さんは1971年6月10日生まれ。

東京都板橋区出身。

登坂淳一さんは東京で生まれますが、父親の仕事の関係で東北を転々とし、小学3年生の時に東京に戻り、以降はずっと東京だったそうです。

中学は板橋区立上板橋第二中校

高校は保善高校に進学。

現在の偏差値は59

保善高校は東京都新宿区にある私立の男子校。

俳優の瑛太さんも卒業生です。

スポーツが盛んなな高校で、ラグビー部は、全国タイトル計9回、陸上競技部も全国高校駅伝に15回出場しています。

登坂淳一さんは中学・高校時代は陸上部に所属し短距離走の選手。

大学は法政大学経済学部卒業

現在の偏差値は57

就職試験はNHK以外にも、フジテレビともう1社受けたそうです。

NHK退社後には、

「。フジテレビは行きたかったです。フジで育った世代だし、「ひょうきん族」とか、大人がまじめにバカやっているようなのがすごく楽しそうに見えて。」

フジテレビに入社したかったと話しています。

大学卒業後の1997年、26歳でアナウンサーとしてNHKに入社。

入社が26歳の理由は情報がありませんでしたが、大学院は2018年になってから進学しているので浪人、留年があったようです。

26歳の年齢から年齢制限で受けられなかった局があったとも話しています。

東京で研修後、最初の赴任地に関西を希望したそうです。

理由は静岡より西に行ったことがなかったから。

最初の赴任地は和歌山放送局、大阪放送局を経て、東京に戻り、その後、札幌放送局、大阪放送局、鹿児島放送局にのアナウンサーを歴任。

2005年、34歳の時、NHKニュースのキャスターを担当。

愛称は「麿」(まろ)でNHK広報局は2011年3月16日、震災応援で登坂が全国ニュースに出演したことを受けてTwitter公式アカウントで「まろ…」とツイートしたことがきっかけ。

2014年に大阪放送局への異動後に大阪放送局のTwitterが「麿」の表現が使われたそうです。

2018年1月11日付で鹿児島放送局を最後にNHKを退職しホリプロに所属。

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