山瀬まみの旦那の仕事や子供、降板の理由や大竹まこと、高校などの学歴や経歴

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元アイドルの山瀬まみさん。

旦那の現在の職業や、子供は?

「ためしてガッテン」の降板理由は?

山瀬まみさんと大竹まことさんの関係は?

今回は山瀬まみさんについてリサーチしました。

山瀬まみの旦那の仕事や子供

山瀬まみさんは1999年6月に結婚しました。

旦那は俳優の中上雅巳さん。

中上雅巳さんは1972年2月19日生まれ。

山瀬まみさんの2歳年下。

結婚した時、山瀬まみさんは29歳でした。

旦那の中上雅巳さんは早稲田実業学校高等部時代に俳優を目指し中退。

1989年、17歳の時、一般公募の応募総数は1701名のオーディションに合格し、フジテレビ系の「笑っていいとも!」の6代目いいとも青年隊に加入。

1991年1月、テレビ東京系のドラマ「ハイスクール大脱走」でドラマ初出演。

近年はテレビドラマや映画では見ませんが、現在も俳優で、舞台で活動しているようです。

山瀬まみさんと中上雅巳さんの馴れ初め・出会いは「笑っていいとも」での共演。

山瀬まみさんは1988年~1990年、中上雅巳さんは1989年~1990年と同じ時期に「笑っていいとも」出演しています。

当時、山瀬まみさんは19歳、中上雅巳さんは17歳でした。

この時は交際することはありませんでしたが、6年後の1995年にに再会し交際がスタート。

約4年の交際期間で結婚しました。

山瀬まみさんに子供はいないようです。

山瀬まみの降板理由

山瀬まみと検索すると「降板 理由」と出てきます。

これは2016年にNHKの生活情報番組「ガッテン!」を山瀬まみさんが降板したことが理由のようです。

タレントが番組を降板するのは、改変期にはよくあることですが、山瀬まみさんは長寿番組で長くレギュラーを務めていることから話題になったようです。

2020年現在の山瀬まみさんのレギュラー番組は3本。

テレビ朝日系の「新婚さんいらっしゃい!」

1997年10月から出演。

日本テレビ系の「天才!志村どうぶつ園」

2004年4月から出演。

日本テレビ系の」「火曜サプライズ」

2009年から出演。

「新婚さんいらっしゃい」は途中からですが、20年以上。

他の2番組は番組スタートから10年以上出演しています。

山瀬まみさんが2016年3月に降板した「ためしてガッテン」も番組スタートから21年出演していました。

山瀬まみさんが降板したのは番組が「ためしてガッテン」から「ガッテン」にリニューアルされた時です。

山瀬まみさんは司会者以外の唯一のレギュラー出演者でした。

司会者の2人はリニューアル後も出演しましたが、山瀬まみさんだけ降板したことで話題になったようです。

2017年に山瀬まみさんがTBS系の「サワコの朝」に出演した際、「ためしてガッテン」の卒業について聞かれると、

「(卒業)しちゃったんです…」

と寂しげに答え、

「ちょっと悲しかった?」

と聞かれると山瀬まみさんは、

「だいぶ悲しかったです」

と答えました。

番組の卒業の原因と思われることについて、山瀬まみさんは、番組のスタッフに、

「もう(山瀬が)知りすぎていて、教えることがない」

と言われたとも話しました。

山瀬まみと大竹まことの関係

山瀬まみと検索すると「大竹まこと」と出てきます。

昔、山瀬まみさんと大竹まことさんの出演した番組でケンカ事件があったようです。

ケンカ事件があったのは1988年の日本テレビ系のバラエティ番組「タモリのいたずら大全集」

当時、山瀬まみさんは18歳、大竹まことさんは39歳。

番組で大竹まことさんが、山瀬まみさんに、

「山瀬、お前、失恋したんだってなぁ」

と言ったことから、口論になり、さらに取っ組み合いのケンカに発展。

大竹まことさんは、山瀬まみさんを引きずり回したうえ、上着まではぎ取ってしまい、山瀬まみさんは泣き出してしまったそうです。

山瀬まみさんが、

「マイク壊してんじゃねえよ、バーカ」

というと、大竹まことさんはスタジオのセット蹴り壊しまくったそうです。

当時、大竹まことさんはキレ芸を得意としていたようですが、やりすぎて、以来20年間日本テレビを出入り禁止になったそうです。

山瀬まみさんによれば、これ以降しばらくは会社が共演をさせなかったといいます。

しかし、時が過ぎマネージャーも変わり、当時のことを知らない人も多くなり、ある日の仕事で山瀬まみさんの隣が大竹まことさんだったことがあったそうです。

山瀬まみさんは

「仕方がないので、隣に座って普通に仕事しましたよ。」

と話しています。

山瀬まみの高校・学歴・経歴

山瀬まみさんは1969年10月2日生まれ。

神奈川県平塚市出身。

父親は会社員。

長女で4歳下の弟います。

父親の転勤で幼稚園時代は東京、埼玉、小学校時代は福島、埼玉、中学時代は長野、秋田など転校を繰り返したそうです。

高校は神田高校(現在の平塚湘風高校)

神奈川県平塚市にあり男女共学の県立高校。

現在の偏差値は39

芸能界デビュー後は堀越高校に編入しています。

山瀬まみさんは子供の頃からアイドルに憧れ、中学時代には原宿など、路上でスカウトマンかけられるようになりますが、

「どうせ芸能界入りするなら、信頼できる大手事務所と契約する方が良い」

と考え全て断っていたそうです。

1983年、中学1年の時、ホリプロタレントスカウトキャラバンに応募しますが書類選考で落選。

2年後の1985年に再び応募し、今度は書類選考を突破し

第10回ホリプロタレントスカウトキャラバン

に出場し応募総数12万人中から優勝。

ホリプロスカウトキャラバンは応募者の多さから、書類選考の最初の段階で応募書類を机の上にバサッとあけた時に机から落ちたりしたものは「この子には運がない」とみなされ、見ることもされないこともあるそうです。

後に、山瀬まみさんがホリプロの関係者に自分が優勝した理由にるいて聞いたところ、

「優勝は可愛いだけじゃ決まらない。決勝審査の前夜祭で新聞社やテレビ局関係者との質疑応答が良く、他の候補より群を抜いて喋りに長けていたから。」

と言われたそうです。

翌年の1986年、16歳の時、「メロンのためいき」をリリースし歌手デビュー。

オリコン最高21位。

デビュー当時のキャッチフレーズは「国民のおもちゃ新発売」。

同年に3枚のシングルをリリースするも売れず。

その後もアイドル歌手としては成功しませんでした。

デビューの翌年の第11回ホリプロタレントスカウトキャラバンで、前年度のグランプリとして、優勝者にトロフィーを授与する役を務めましたが、トロフィー授与の瞬間に、自身が売れていなかったことから、これからはこの子たちに会社は力注いでいくんだとの思いがよぎり、

「私の人生終わったな…」

と思い優勝者の隣で号泣。

それを見ていた、TBSのプロデューサーが泣いている理由は分からなかったが、山瀬まみさんを1986年10月から放送されたTBS系のバラエティ番組「テレビ探偵団」総合司会にひとりに抜擢。

山瀬まみさんは初めてのレギュラー番組を獲得しました。

これ以降、トークが面白いとテレビの出演が増えていき、井森美幸、森口博子、松本明子らともに「バラドル」と称されるようになりました。

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