反田恭平の結婚歴や妻との馴れ初め、子供は?ピアノを始めたきっかけや学歴・経歴

ショパンコンクールで半世紀ぶりに2位に入賞した反田恭平さんの学歴や経歴は?
ピアノを始めたきっかけは?
結婚歴や妻、子供は?

今回はピアニストの反田恭平さんをリサーチしてみました。

反田恭平の学歴・経歴

名前   反田恭平
生年月日 1994年9月1日
出身   東京都世田谷区
血液型  AB型

北海道札幌市生まれ、父親は会社員、母親は専業主婦の家庭育ち、幼稚園の頃の数年かは父親の転勤で愛知県名古屋市で暮らし、小学校1年生からは東京都世田谷区に移りました。

小学校は世田谷区立八幡山小学校、中学校は世田谷区立烏山中学校を卒業。
ピアノ好きな母親の影響で、4歳の頃にピアノを始めましたが、同じ頃にサッカーも始め小学生の時はサッカークラブに所属し、小学生の時はサッカーに夢中でした。
ポジションはフォワードで将来はサッカー選手になりたいと思っていましたが、12歳の時に手の骨折がきっかけでサッカーを辞め、本格的にピアノの練習を始めました。
小学生の頃から自ら学級委員に立候補するタイプでもあったといいます。

高校は桐朋女子高校・音楽科を卒業。
東京都調布市若葉町一丁目にある私立高校で、普通科は女子校ですが、音楽科は男女共学の高校です。偏差値は57ですが、実技テストが難関だと言われています。

音楽の高校に目指すこに父親は反対で、「コンクールで1位を取ったら」と条件を出されたたといいます。

『父親は、どのコンクールが有名でレベルが高いかを知らなかったので、それを逆手にとって、半年間に出場できる全てのコンクールに出て1位を取り、桐朋女子高等学校音楽科(男女共学)に進学しました。』

高校3年生の時に若手の登竜門といわれる「日本音楽コンクール」1位を獲得。

高校卒業後の2013年4月には特待生として桐朋学園大学音楽学部に入学しましたが、同年9月にロシアに留学。

1年の予備科を経て、2014年に世界三大音楽院の1つ「モスクワ音楽院」に首席で入学しました。
ロシア語を知らずに留学し、寮で生活しましたが「水」をいう単語も知らなかったため、ロシアの水道水は引用に適してないので2日間は水も飲めず、何もも食べられず、初めて食べたのは同じ寮にいた日本人の先輩にもらったひまわりの種だったといいます。

2017年にはポーランドのショパン国立音楽大学に入学しました。

反田恭平がピアノを始めたきっかけ

反田恭平さんがピアノを始めたのは、自宅に入ってきたチラシがきっかけでした。

『僕の母がピアノ好きで、4歳の頃、自宅に入っていたチラシで知った音楽教室の体験入学でした。いい母親だなと思うのは、一緒に音楽教室に通ってどっちがうまいか競争していました。』

2歳の頃には、友達のお姉ちゃんがやっていたバイオリンを見て、反田さんも「やりたい」と習い始めましたが、じっとられず練習にならなかったため3ヶ月で辞めたそうです。

小学1年生の頃に父親の転勤で東京に引っ越した後はも音楽スクールに入学。

『耳を鍛えたり、ステージに出てどういう演技をするかを学んだり、ミュージカルにも力を入れている学校で、ミュージカルのクラスに参加するのも大好きでした。』

サッカーのクラブチームにも所属し、サッカー選手に憧れていましたが、試合中に転倒し左手を骨折。

試合中はアドレナリンの影響で痛みを感じませでしたが、翌日に接骨した時にはものすごい激痛だったといいます。

『「無理だわ、痛い職業無理だわ」と思って。怪我しない職業何かな?と思って、当時趣味でやっていたピアノがあったので、ピアノなら骨折しないなと思ってピアニストになろうと思ったのがひとつのきっかけです。』

12歳の時に本格的にピアノの練習を始めました。

最もチケットが取れないピアニスト

2012年、高校3年生の18歳の時に、日本音楽コンクール1位になったことで、留学やコンサートにつながりました。

『日本の権威あるコンクール「日本音楽コンクール」を〝ダメ元〟で受けた結果、奇跡的に1位になりました。』

ピアノ部門で1位を獲得した他、岩谷賞(聴衆賞)、野村賞、井口賞、河合賞の4つの特別賞も受賞。

モスクワ音楽院に入った翌年の2015年には、イタリアで開催された第25回チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクールの古典派部門で1位を獲得。
2016年1月にデビューリサイタルを行って以降は、「最もチケットの取れないピアニスト」と呼ばれるほどの人気ピアニストとして活躍。

2018年には中心となって『MLMダブル・カルテット』を創設すると、2019年には『MLMナショナル管弦楽団』と発展。
2021年には『ジャパン・ナショナル・オーケストラ』に改名。オーケストラとしては日本で初めて株式会社の形態をとっています。

ショパンコンクールで入賞

2021年に5年に1度開催される「第18回ショパン国際ピアノコンクール」で第2位に入賞。

『日本でいくらもてはやされようが、クラシック音楽は欧州が本場ですから、向こうでも評価されたい。そのためにはどうしたらいいか。』

2位はアレクサンダー・ガジェヴさんと同時受賞で、ショパンコンクールでの2位は日本人歴代最高位タイで、1970年の内田光子さん以来51年ぶりでした。

反田恭平の結婚歴や妻

反田恭平さんには離婚歴があり再婚と「週刊文春」に報じられています。

『『夫婦の間にも亀裂が入り始め、ショパンコンクールで2位になった21年秋頃、サーシャ(仮名)に離婚を切り出した。調停の末、結婚生活に終止符が打たれたのは昨年10月頃のことでした』』

馴れ初めはインスタグラムのメッセージがきっかけで、1歳年上のロシア人女性と2017年に結婚し、2021年10月に離婚したと報じれ、反田さん側の弁護士も「離婚は事実」と回等しました。

反田恭平の再婚したや妻との馴れ初めや子供

反田恭平さんが再婚を発表したのは2023年1月。
妻は1歳年下で同じピアニストの小林愛実さん。

反田さんと小林さんは同じ小学校で、同じピアノ教室に通っていた幼馴染で、高校も同じでした。
2021年に反田さんが2位になった「ショパン国際ピアノコンクール」では小林さんも4位となり、同時入賞しています。
日本人の同時入賞は2005年以来で、その時は2人とも4位でした。

子供は2023年8月に第1子が誕生しています。

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