生瀬勝久と妻の馴れ初めは?子供は息子?大学などの学歴や経歴

兵庫県出身の俳優・生瀬勝久さん。

大学などの学歴や経歴は?

結婚しているようですが、妻はどんな人?

馴れ初めは?

子供は息子?

今回は俳優の生瀬勝久さんをリサーチしてみました。

生瀬勝久の学歴・経歴

名前   生瀬勝久
生年月日 1960年10月13日
出身   兵庫県西宮市
身長   178cm
所属   リコモーション

小学校・西宮市立春風小学校、西宮市立生瀬小学校

中学校・西宮市立塩瀬中学校

高校・宝塚高校

大学・同志社大学

母親は小学校教師で市会議員。

2人兄弟の弟で兄は2歳年上。

甲子園の近くで生まれ、春風小学校に入学しますが。小学校3年生のときに同じ西宮市内の生瀬に引越し、生瀬小学校に通いました。

生瀬勝久さんは真面目で無骨だったといい、小学生のときは児童会長、中学では生徒会長をを務めました。

2歳上の兄も同じ役職を務めていたといいます。
中学時代は吹奏楽部にも所属し、サックスを担当していいました。

高校は宝塚高校に進学。

宝塚高校は兵庫県宝塚市にある男女共学の県立高校。

現在の偏差値は50。

高校時代はバレーボール部に所属。

遊園地の宝塚ファミリーランドでアルバイトもしており、瓶のジュースを販売していたそうです。

自給は350円だったといいます。

大学は1年の浪人を経て、1980年に同志社大学文学部社会学科に入学。

同学部の現在の偏差値は65。

浪人時代はお好み焼き屋でアルバイトをしていたそうです。

大学では喜劇研究会に入部。

2年留年後、1986年に大学を卒業。

大学卒業後は親の知り合いの会社に就職が決まっていましたが、それを蹴って俳優の道を選びました。

生瀬勝久が俳優になったきっかけ

生瀬勝久さんが俳優になったきっかけは、大学の先輩に演劇を観るように勧められたこと。

同志社大学で『喜劇研究会』に所属していた生瀬勝久さん。

1年生のとき、4年生の先輩に、

『小劇場の演劇っていうのがすごくブームになっている。その中でつかこうへいさんっていう方がすごく勢いがあって面白い。今度大阪に来るから、ぜひ表現者としてこれから目指すんだったら、一度そういうのを見た方がいいよ』

と言われ、『蒲田行進曲』を観てカルチャーショックを受け、自分でもやるようになったといいます。

生瀬勝久さんは演劇を見に行くように勧めてくれた先輩は、

『(芝居をはじめる)僕の人生のターニングポイントになっているんです。そのきっかけを与えてくれた人です』

と話しています。

さらに、20歳のときにバイクでツーリングに行き、急に来た対向車を避けようとしましたが、車の下敷きになる事故にあったことで、

『いつ死ぬかわからない。そこから生きてる間は好きなことやろう』

という考えになり、芝居の道へ入ったとも話しています。

大学2年生の1982年、同志社大学の劇団『第三劇場』に所属していた京都大学系の劇団『劇団そとばこまち』で2代目座長を務めていた辰巳琢郎にスカウトされ1983年に『そとばこまち』に入団。

同年、舞台『猿飛佐助』で初舞台を踏みました。

大学時代は『槍魔栗 三助(やりまくり さんすけ)』の名前で『喜劇研究会地』『第三劇場』、『そとばこまち』で活動。

2留年し、1986年に大学卒業後は、決まっていた就職先蹴り、本格的に俳優の道に進みました。

生瀬勝久 人気俳優になるまで

1986年に大学を卒業し、1988年に劇団『そとばこまち』の4代目座長に就任すると、役者だけではなく劇作家・演出家としても活躍。

平行してテレビ、ラジオにも出演。

関西のテレビ・ラジオに出演するようになり、バラエティ番組で活躍。

深夜のコント番組『週刊テレビ広辞苑』にレギュラー出演するなど、関西のテレビ・ラジオで数多くのレギュラー番組を抱えるようになりました。

『探偵!ナイトスクープ』では槍魔栗 三助として探偵の初期メンバーの1人でした。

1988年10月から放送されたNHK朝の連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』の出演を機に本名の生瀬勝久に改名。

1990年半ばから全国区のテレビドラマに本格的に参入。

生瀬勝久さんが30代半ばの頃でした。

2000年7月のテレビ朝日系ドラマ『トリック』の刑事・矢部健三役で注目され、2010年スピンオフドラマ『警部補 矢部謙三』でrテレビドラマに初主演しました。

生瀬勝久と妻の馴れ初めは?

生瀬勝久さんが結婚したの1997年。

妻はモデルの堀本陽子さん

年齢は12歳年下。

結婚時、生瀬勝久さんは37歳、堀本陽子さんは25歳でした。

馴れ初めは妻の堀本陽子さんが生背勝久さんのファンだったこと。

妻の堀本陽子さんが生瀬勝久さんのファンになりファンレターを送ったことがきっかけで出会ったそうです。

ファンレターを送った当時、生瀬勝久さんは28歳、堀本陽子さんは16歳でした、

堀本陽子さんが20歳、生瀬勝久さんが32歳のとき交際が始り、5年の交際を経て結婚しました。

野本陽子さんはモデルやヨガセラピストとしても活躍しています。

モデルとしてCMなどに出演しています。

生瀬勝久の子供は息子?

生瀬勝久さんの子供は息子が1人。

2006年に生まれたようです。

生瀬勝久さんは息子についてあまり語っていませんが、2021年2月にフジテレビ系の『全力!脱力タイムズ』に出演した際に、インタビューで、

『息子も番組のファンなので、今回の出演をとても喜んでくれました(笑)。』

とコメントしました。

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