大阪府出身のアナウンサー・石井亮次さん。
生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?
アナウンサーになったきっかけは?
結婚や妻は?
子供は何人?
今回はアナウンサーの石井亮次さんについてリサーチしてみました。
目次
石井亮次の学歴・生い立ち・経歴
名前 石井亮次
生年月日 1977年3月27日
出身 大阪府
身長 181cm
血液型 O型
所属 ジャパン・ミュージックエンターテインメント
中学校・同志社香里中学校
高校・・同志社香里高校
大学・・同志社大学文学部
大阪府東大阪市出身。
父親はガソリンスタンドを経営。
兄と弟がいる男3人兄弟の次男。
中学校は同志社香里中学校、高校は同志社香里高校を卒業。
同志社香里中学校・高校は大阪府寝屋川市三井南町にある男女共学の私立高校。
同志社香里中学校の偏差値は60。
中学受験の時は3校を受験し、2校連続で不合になり、3校目にも落ちたら恥かしいと石井亮次さんは受験を嫌がりましたが、母親に、
『あほか。そんなんで、がんばってきたのにくじけてどうする』
と初めて怒られ、受験まで残り1週間、付きっきりになって、勉強を教えてくれたといいます。
同志社香里高校の偏差値は66。
高校時代はゴルフ部に所属。
大学は同志社大学文学部に進学。
偏差値は62。
高校、大学の7年間、父親のガソリンスタンドでアルバイトとして働いていました。
石井亮次がアナウンサになったきっかけは?
『アナウンサーになれば、テレビに何かしら出られる。それでちょっと面白いこと言えば、“面白いアナウンサーだな” ってなる』
引用 https://news.ntv.co.jp/
実家で経営していたガソリンスタンドでは、営業時間中に有線放送でNHKラジオ第1放送と毎日放送(MBSラジオ)のラジオ番組が流されていそうです。
その影響もあり、『MBSヤングタウン』(MBSラジオ)のヘビーリスナーで、高校時代にはますだおかだがパーソナリティを務めていた水曜放送分のリスナー参加企画に電話で出演したこともあったといいます。
大学時代にはアナウンサーになりたいと思っていましたが、アナウンサーは英語がしゃべれないといけないと思っていました。
当時、交際していた彼女がフジテレビのアナウンサーを試験を受け、面接に英語がなかったことを聞いたことでアナウンサー試験を受けることにしたそうです。
1998年、大学4年時の就職試験では、毎日放送や朝日放送のアナウンサー職に応募しましたが、採用されず、就職浪人し翌年も大学に籍を置いたまま、1999年にもアナウンサー採用試験を受け、当時、テレビ・ラジオ放送事業を兼営していた中部日本放送(CBCテレビ)に内定しました。
石井亮次 CBCテレビ時代
2000年4月にアナウンサーとしてCBCテレビに入社。
スポーツ実況要員として採用で、入社後はスポーツ実況を担当。
3年目からはバラエティ番組から報道番組まで幅広く担当。
中部日本放送が加盟するJNN・JRN系列局の優秀なアナウンサーを表彰するアノンシスト賞では、2003年に、第29回ラジオ『フリートーク部門』で最優秀賞を受賞。
2005年には第31回テレビ「フリートーク部門」で優秀賞を受賞しました。
2013年4月から、CBCテレビ制作の情報番組『ゴゴスマ~GO GO!Smile!~』で総合司会を担当。
『ゴゴスマ』は2015年からネット局が徐々に増加。
2021年4月改編の時点で、TBSテレビ系列28局中24局にまで達しました。
石井亮次 フリーアナウンサーに転身のきっかけは?
石井亮次さんは2020年3月にCBCテレビを退社し、フリーアナウンサーに転身。
フリーに転身したきっかけは、2018年に事務所に話しを持ちかけられたことでした。
最初は『考えていません』と答えましたが、妻に相談すると、
『やりたいなら、やったらいいじゃない』
と言ってくれたことで、転身を決意したそうです。
フリーアナウンサーに転身してからも『ゴゴスマ』には続けて出演しています。
石井亮次の結婚や妻は?
石井亮次さんが結婚したのは2004年。
27歳の頃の結婚でした。
妻は夢さんとうい女性。
年齢は3歳年下。
馴れ初めはCBCテレビ時代のロケ。
アポなしで街を歩くコーナーのロケで、タイガーマスクのマスクを制作する職人に会うために三重県津市を訪れました。
職人の作業場はビルの1階にあり、表が喫茶店で奥が作業場でした。
喫茶店で働いていた女性に声かけて案内をしてもらいましたが、職人は不在。
その喫茶店で働いていた女性が妻で、石井亮次さんは妻に一目惚れ。
メールアドレスを聞き、交際に発展し、出会って1年後に結婚に至ったそうです。
石井亮次の子供は何人
石井亮次さんの子供は2人。
子供は2人と娘です。
長女が2007年
次女が2011年
に誕生しています。
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