奈良県出身の柔道家・野村忠宏さん。
生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?
結婚や妻は?
子供は何人?
今回は柔道家の野村忠宏さんについてリサーチしてみました。
野村忠宏の学歴・生い立ち・経歴
名前 野村忠宏
生年月日 1974年12月10日
出身 奈良県
身長 164cm
血液型 B型
小学校・広陵町立広陵西小学校
中学校・天理中学校
高校・・天理高校
大学・・天理大学体育学部体育学科
奈良県北葛城郡広陵町出身。
父親は元天理高校柔道部監督。
祖父は名門柔道場『祖父は名門柔道場』。
叔父はミュンヘン五輪の柔道金メダリストの野村豊和さん。
兄弟は1歳年上の兄。
小学校は広陵町立広陵西小学校を卒業。
3歳の頃に祖父の柔道場で柔道を始めました。
柔道一家に生まれましたが、特に厳しく指導されたことはのびのびと柔道に親しむことができたといいます。
小学生の時には柔道以外にも水泳教室に通ったり、少年野球のチームにも所属。
中学校は天理中学校、高校は天理高校を卒業。
天理中学校、高校は奈良県天理市杣之内町にある男女共学の私立学校。
天理中学校の偏差値は40。
天理高校の偏差値は38~59。
中学時時代は最初の試合で女子に負けてしまい奮起したもの、体重が30kgほどしかなかったこともあり奈良県で16位が最高でした。
高校時代には奈良県大会で優勝。
全日本ジュニア体重別選手権で準優勝。
大学は天理大学体育学部体育学科武道学コースに進学。
大学在学中の1996年7月にアトランタオリンピックで金メダル獲得しました。
野村忠宏 オリンピック3連覇
1996年のアトランタオリンピックの60キロ級で金メダル獲得。
2000年シドニーオリンピックで柔道60キロ級で初の2連覇。
2004年のアテネオリンピックで柔道史上初、全競技通してはアジア人初となる3連覇を達成。
夏のオリンピックでの金メダルは日本人通算100個目というメモリアルになりました。
アテネオリンピックでの金メダル以降、近代オリンピック史上2人しかいない個人種目4連覇を視野に、2008年の北京オリンピックへの出場を目指しました。
しかし、、2007年の全日本選抜柔道体重別選手権大会で6度目の優勝を果たした直後の練習中に右膝前十字靭帯を断裂。
手術を回避したまま日本国内での代表選考会へ臨んだものの、2008年4月の全日本選抜体重別選手権準決勝で浅野大輔選手に敗れたため、代表に選ばれませんでした。
当時33歳。
その後も現役を続け、て2012年ロンドンオリンピックへの出場を目指しましたが、講道館杯の2回戦敗退し、出場を逃しました。
2015年8月に40歳で現役引退を表明。
2022年4月に名城大学薬学部特任教授に就任しました。
野村忠宏の結婚や妻は?
野村忠宏さんが結婚したのは2001年5月。
26歳の時でした。
妻は元モデルの酒井葉子さん。
年齢は1歳年上。
共通の友人の紹介で出会ったといいます。
結婚したのは000年シドニーオリンピックで2連覇は果たした翌年で。
2005年にはその1年で話題になった夫婦に贈る『ナイス・カップル大賞』を受賞しました。
野村忠宏の子供は何人?
野村忠宏さんの子供は2人。
子供は2人とも息子です。
長男が2006年
次男が2014年
に誕生しました。
長男は3歳から柔道をやっているといいます。
コメント