愛知県出身のプロレスラー・オカダ・カズチカさん。
生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?
プロレスラーになったきっかけは?
結婚した妻との馴れ初めは?
子供は何人?
今回はプロレスラーのオカダ・カズチカさんをリサーチしてみました。
目次
オカダ・カズチカの学歴・生い立ち・経歴
名前 オカダ・カズチカ
生年月日 1987年11月8日
出身 愛知県安城市
身長 191cm
血液型 A型
所属 新日本プロレス
小学校・安城市立祥南小学校
中学校・安城市立安祥中学校
高校・・高校には進学していません
父親はJA職員、母親は看護師で両親は共働き。
兄弟は5歳年上の兄。
小学生の時は兄や兄の友達に遊んでもらっていて、兄たちは自転車でオカダ・カズチカさんは
走って追いかけたそうです。
兄たちに置いてきぼりにされたことはなく、いつも面倒をみてもらっていたといいます。
小学校は安城市立祥南小学校に入学。
小学生の時には母親の故郷の長崎県・五島列島に行くのが夏休みの定番で、森で虫を捕ったり、川で泳いだり、伯父さんに海釣りに連れていってもらったりと楽しくて、そこに住みたいと自分で思い、小学5年生から1年半、『山村留学』として伯父の家に住み、同地の小学校に通い卒業しました。
中学校は安城市立安祥中学校を卒業。
中学時代は野球部と陸上部に所属。
陸上部では短距離をやり、100メートル走で愛知県大会8位入賞。
中学時代の100メートルの自己ベストは11秒65。
陸上で実績を残したことで、高校の陸上部からスカウトが来たこともありましたが、中学卒業後は高校には進学せずに、プロレスラーを目指しました。
両親には一度だけ『高校に行ってほしい』と言われましたが、その後は応援してくれたそうです。
オカダ・カズチカがプロレスラーになったきっかけは?
『プロレスを好きになったきっかけが、プロレス・ゲームなんですよ。兄が借りてきたNINTENDO64のゲーム「新日本プロレスリング闘魂炎導2」です。』
引用 https://rollingstonejapan.com/
オカダ・カズチカさんはゲーム好きで、『ストリートファイター』、『バーチャファイター』などの格闘ゲームが好きで、『メタルギアソリッド』をやったことでさらにゲームにハマったそうです。
中学時代にプロレスゲームに出会い、プロレスゲームは他の格闘ゲームと違い、体力関係なく3カウント入らないように連打して押さえを返したり、技をかけられても連打すればロープに逃げたりと体力ゲージがないからこそ余計にハラハラしてハマっといいます。
これがきっかけで、新日本プロレスを録画して見るようになりました。
しかし、新日本プロレスが格闘技路線に走ったことから見なくなり、その後は、メキシコの日本人ルチャドール養成学校『闘龍門』に心惹かれ、闘龍門ファンになり地元の近くで興業があれば観戦にも出かけるようになりました。
オカダ・カズチカ レインメーカー
オカダ・カズチカさんは中学卒業後に、15歳で『闘龍門』に13期生として入門。
入門当時は闘龍門は練習生が多く飽和状態になっていたため、何人か辞めさせるために過度に厳しい練習メニューを課していたといいます。
基礎体力が他の練習生に比べて劣っていたオカダ・カズチカさんには、過酷な練習メニューが与えられ、練習が終わった後も新弟子にはハードな雑用があったそうです。
厳しい生活でしたが、中卒なので他に行く所がないと考えていたため、『やめるか?』と聞かれても意地になって辞めませんでした。
2004年8月29日、メキシコ・アレナコリセオにおけるネグロ・ナバーロ戦でデビュー。
16歳の時でした。
同年12月のヤングドラゴン杯を制覇し、創立者のウルティモ・ドラゴンさんの指名で、でメキシコ、日本、アメリカ、カナダなどで試合を経験しました。
2007年5月の闘龍門MEXICOのアレナ・メヒコ大会で大抜擢され、ミル・マスカラスさんなどの大物プロレスラーとのタッグを経験し、日本から出場した鈴木みのるさん、高山善廣さんと対戦。
『自分はやることがなくなっちゃうと変わりたくなるんですよね。高校に行かなかったのも、高校で特にやることが見つからなかったんで、じゃあ、プロレスに入っちゃえって。それでメキシコでやってるうちに、だんだんメキシコでやることもなくなってきて。じゃあ、新日本に行かせてもらえないかなって気持ちが出てきたんです』
同年7月に新日本プロレスへ移籍を発表。
8月に新日本プロレスにへ移籍し、基礎トレーニングから積み直し、8月26日に、内藤哲也戦で再デビュー。
2009年5月5日、プロレスリング・ノアとの対抗戦に抜擢されましたが、対NOAH戦3連敗を喫し、2010年1月にアメリカのプロレス団体『TNA』への無期限武者修行を発表し、同月に渡米。
2011年12月に無期限武者修行を終えて帰国。
ヒールよりのスタイルの変化し、インタビューでは『新日本に金の雨を降らせる』と豪語し、入場時に自身の顔が入った紙幣をばらき、自身を『レインメーカー』と称しました。
TNA時代にプロレスっていうのは見られている仕事だと習い、
『オマエはリングに上がってお客さんになにを伝えたいんだ?』
と言われたことがきっかけだったといいます。
オカダ・カズチカの結婚した妻は?
オカダ・カズチカさんが結婚を発表したのは2019年4月、31歳の時でした。
妻は声優の三森すずこさん。
1986年6月28日生まれで年齢は1歳年上、結婚時は32歳。
子供の頃からミュージカルに興味を持ち、マリアートスタジオでジャズダンス、タップダンス、声楽、ボーカルなどのレッスンを受け、2006年6月、20歳の時にミュージカル『ミー・アンド・マイガール』にアンサンブルキャストとして出演し、帝国劇場を初舞台を踏みました。
叔父から当時のブシロードの社長(現・会長)木谷高明さんを紹介され、元の所属事務所との契約が切れるタイミングで、ブシロード傘下の響へ移籍しアニメ『探偵オペラ ミルキィホームズ』に出演し、声優活動を開始しました。
以降は、声優と舞台女優を両立しています。
オカダ・カズチカと妻の馴れ初めは?
三森すずこさんは株式会社ブシロードの傘下の声優事務所に所属しており、ブシロードは2012年1月に新日本プロレスの全株式を取得したことから、新日本プロレスのイベントなどには三森すずこさんが所属している声優ユニット『ミルキィホームズ』も出演することも多かったそうです。
オカダ・カズチカさんと三森すずこさんが出会ったのは2017年8月に開催された『新日本プロレス真夏の祭典 G1クライマックス』だといいます。
間もなく交際がスタートし、2018年1月には交際5ヶ月と報じられ、お互いに交際を認めていました。
オカダ・カズチカの子供は何人?
オカダ・カズチカさんの子供は息子が1人。
2022年8月に長男が誕生しています。
結婚3年目の子供で、生まれた時、オカダ・カズチカさんは34歳でした。
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