遠藤憲一の妻は?子供はいる?高校などの学歴や経歴

NO IMAGE

東京都出身の俳優・遠藤憲一さん。

高校などの学歴や経歴は?

結婚しているようですが、妻はどんな方なんでしょうか?

子供はいる?

今回は俳優の遠藤憲一さんをリサーチしてみました。

遠藤憲一高校などの学歴・経歴

名前   遠藤憲一
生年月日 1961年6月28日
出身   東京都品川区
身長   182cm
所属    エンズタワー

小学校・品川区立宮前小学校

中学校・横浜市立山内中学校

高校・横浜商工高校(中退)

大学・進学していません。

父親、母親、妹の4人家族。

品川区の戸越銀座生まれ。

父親はガス会社の配管工。

母親はパートで裾直しをしていたそうで、怒られるときには、長いもさいで叩かれていたそうです。

実家はパン屋の1部屋を間借りし、家族4人で六畳一間に暮らしていたそうです。

小学校は品川区立宮前小学校。

小学2年生の8歳のころに横浜のたまプラーザに引越し。

転校するのが嫌だった遠藤憲一さんは、横浜から品川の小学校まで電車で通ったそうです。

中学は横浜市立山内中学校。

中学時代は野球部に所属。

ポジションはピッチャーとファースト。

ピッチャーはリリーフだったそうです。

高校は横浜商工高校。

横浜商工高校は2003年に学校名が変更され、現在は横浜創学館高校になっています。

神奈川県横浜市の男女共学の私立高校。

現在の偏差値は41~52ですが、当時の横浜商工高校の偏差値は38。

勉強が苦手で、高校に受かる自信がなく、高校は一番偏差値が低い38の高校を選んで受験しましたが、入試問題が小学生レベルで衝撃を受けたそうです。

入学した高校は半数以上がツッパリで多くがリーゼント。

真面目だった遠藤憲一さんは高校でも野球部に所属しますが、周りに影響されていき、高校1年生ので剃り込みを入れ、ディスコでナンパするようになったそうです。

教科書は常に引き出しに入れっぱないにしていた遠藤憲一さんは、高校の「机の中に教科書を入れっぱなしにしている者は見つけ次第教科書を焼却処分にする」という校則により、高校1年生の夏休みに担任に教科書を焼却処分にされてしまいました。

教科書がないと後ろに立たされる学校だったそうで、嫌気がさし高校は1年生のの2学期で中退しました。

遠藤憲一 俳優デビューのきっかけ

高校中退後は、教材を売る仕事や、ピザ屋などアルバイトを転々としていました。

ある日、電車の中吊り広告ににあった『タレント養成所募集』の広告を見て応募。

17歳のときに劇団に入団しました。

劇団ではノルマ分のチケットを売って、アルバイトをして、やっと生活できるくらい。

2年くらいたった頃、先輩に『役者だけで食べていきたい』と相談すると、『無名塾とか受けてみたら』とアドバイスをされ、受験してみたところみごとに合格。

しかし、規律の厳しさと辞め癖が抜けていなかったことから10日ほどで辞めてしまったそうです。

当時、遠藤憲一さんは20歳ぐらいでした。

遠藤憲一 遅咲きでブレイク

遠藤憲一さんの20代はドラマや映画ではエキストラばかりでした。

いろんなオーディションを受け、落ち続けましたが、ピンポンパンのお兄さんのオーディションは最終選考まで残ったそうです。

1983年4月、NHKの時代劇『壬生の恋歌』でドラマデビュー。

1988年7月公開に映画『メロドラマ』で映画デビュー。

当時は悪役が中心。

刑事ドラマが全盛期で、いろんな刑事ドラマで犯人役で出演し、時代劇でも悪役だ多かったそうです。

1991年4月には日本テレビ系の刑事ドラマ『刑事貴族』脚本家デビューしています。

芝居の勉強のつもりでコツコツ書いていたところ、犯人役で出演したドラマのプロデューサーに『ちょっと持ってこい。感想言ってやるから』と言われもって入ったことろ、『書いてみろ』と言われて『刑事貴族』シリーズの5作品に脚本家として参加しました。

ブレイクのきっかけは2001年公開の三池崇史監督映画『天国から来た男たち』。

映画出演前、共演者からよく三池崇史さんの名前聞くようになり、それが何度も続いたことから、『三池さんと一緒にやりたい』という気持ちが強くなっていったそうです。

それから、3年くらいたったある日、知り合いの俳優の結婚式のパーティーに行くと、三池さんが二次会に来ていました。

友人は遠藤憲一さんの思いを知っていたことから『三池さん、来たよ』と教えてくれて、酒が入っていたあこともあり変なスイッチが入ってしまい、三池崇史さんの前に行き、

「三池さん、オレのこと知ってますか?」

「何でオレのこと使わないんですか?」

と初対面の三池崇史さんに言ってしまったそうです。

しかし、そのおかげでその日は三池崇史さんと飲み明かし、1週間後に映画『天国から来た男たち』のオファーを貰ったそうです。

2009年4月にテレビ東京のドラマ『湯けむりスナイパー』で連続ドラマ初主演。

同年同月から放送されたTBS系ドラマ『白い春』で血の繋がらない娘を愛する父親役の演技が高く評価されブレイクし、仕事が大幅に増加しました。

当時、遠藤憲一さんは46歳でした。

遠藤憲一の妻や子供は?

遠藤憲一さんが結婚したのは29歳のとき。

妻は1歳年上で名前は昌子さんで元女優。

妻との出会いは25歳のとき。

かつて所属していた劇団時代の知り合いが自主公演することになり、遠藤憲一さんは脚本と演出を任されました。

その公演の看護師役に紹介されたのが妻の昌子さんでした。

4年間交際して結婚。

2007年からは遠藤憲一さんのマネージャーを務めています。

遠藤憲一さんが21歳から世話になっていた事務所の社長が高齢と病気を理由に、数年後に事務所をたたむことになり、自分のことをよくわかっている妻にマネージャーをお願いしたそうです。

昌子さんには『絶対いや!』と断られましたが、3年間お願いを重ねOKをもらい、2007年に個人事務所を立ち上げました。

その際、昌子さんは『これからは、私のやりたいようにやらせてもらいます』と宣言したそうです。

遠藤憲一さんは、

『だから、独立してからは自分の意見はほとんど通らない。女房に乗っかってここまできたという感じです(笑)』

引用 https://www.kanaloco.jp/

と話しています。

遠藤憲一さんと妻の昌子さんに子供はいないようです。

俳優カテゴリの最新記事