石川ひとみの結婚歴や夫は?子供はいる?高校、大学などの学歴や経歴・生い立ち

愛知県出身の歌手・石川ひとみさん。

生い立ち、経歴や高校、大学などの学歴は?

デビューしたきっかけは?

結婚歴や夫、子供はいる?

今回は歌手の石川ひとみさんをリサーチしてみました。

石川ひとみの学歴・生い立ち・経歴

名前   石川ひとみ
生年月日 1959年9月20日
出身   愛知県海部郡美和町(現:あま市)
身長   154cm
血液型  B型
所属   ファーイーストカンパニー

 

石川ひとみの学歴

小学校・美和町立正則小学校

中学校・美和町立美和中学校

高校・・名古屋短期大学付属高校

大学・・大学には進学していません

父親、母親、兄の4人家族。

愛知県名古屋市西区で生まれ、2歳の時に愛知県海部郡美和町に移りました。

幼稚園の頃は男の子と大ゲンカカすることもあったお転婆だったといいます。

小学校は美和町立正則小学校を卒業。

現在は現在はあま市立正則小学校。

小学生からピアノを習い、ソフトボールにも熱中し、小学5、6年生の時にはピッチャーをやっていました。

中学校は美和町立美和中学校を卒業。

現在はあま市立美和中学校。

中学では軟式テニス部に所属し、2年生からレギュラーでダブルスの前衛を務めました。

中学時代には男子に人気があり、校内にファンクラブがあったといいます。

高校は名古屋短期大学付属高校に進学。

愛知県名古屋市昭和区緑町にある私立の女子校で、1999年に改称され桜花学園高校になっています。

現在の偏差値は49~58。

バスケットボールの強豪校で、女子バスケットボール部のインターハイ優勝回数は日本一で、多くの女子バスケットボール選手を輩出しています。

高校卒業後は、大学などには進学せずに歌手を目指して上京しました。

石川ひとみがデビューしたきっかけは?

小学生の時に初めてお小遣いをためて買ったレコードがは当時大ヒットしていた『黒ネコのタンゴ』で、レコードをかけながら口ずさむようになって歌が好きになり、それから毎日いろんなレコードをかけて歌うようになって、音楽に楽しさに目覚めたといいます。

中学生の時には天地真理さんが大好きで憧れ、天地真理さんの出演するテレビ全部見て、雑誌、レコードも全部買い、毎日聞いて歌っていたそうで、この頃に歌手になりたいと思うようになったそうです。

高校入学後に、駅の看板で渡辺プロダクションが運営する『東京音楽学院名古屋校』を知って、オーディションを受けて合格し、高校1年生の1975年11月から通い始めました。

しかし、月謝が値上がりすると両親に、

『歌手になるわけでもないのにお金かけて歌なんて習ってないで、お茶とかお華とか将来役立つことをしなさい』

と言われ仕方なく1年も通わずに退学。

高校2年生の時に今度は新聞で、渡辺プロダクションのオーディションの広告を見つけて両親を、

『これを最後に歌とか何とか言わないから』

と説得し受験すると合格。

オーデションにはフジテレビのオーディション番組『君こそスターだ!』のスタッフも見学に来ていて、出演を誘われましたが通っていた高校の校則が厳しかったため出演を断ると、スタッフは、

『「君こそスターだ!」は名古屋では放送されてないよ』

と言ってきたといい、『放送されてないんだったら』と出演すると、7週勝ち抜いてチャンピオンを獲得。

芸能界入りには両親は反対しましたが、所属した事務所が渡辺プロダクションで有名で大きな事務所で、寮があり食事の面倒もみてもらえるということで許してもらえ、

『4年間、東京で頑張らせてほしい』

と両親と約束し、高校卒業と同時に上京しました。

石川ひとみ まちぶせがやっとヒット

1978年5月25日に『右向け右』でアイドル歌手デビューしましたが、オリコンチャートは最高66位。

同年に全国58大学で構成する全国ビューティ・オール学生協会から『78マスコット・ガール』に選ばれるなど大学生を中心に大きく支持され、男性誌を中心に水着姿のグラビアで活動。

しかし、その後にリリースした曲もよくても40位台とヒット曲には恵まれず、両親と約束した4年間の期限となった1981年、最後の曲のつもりで発売した11枚目のシングル『まちぶせ』がオリコンチャート6位にランクインするヒットとなり、TBS系『ザ・ベストテン』でも最高3位で、9週連続ベストテン入りしました。

同年に『NHK紅白歌合戦』に初出場も果たしました。

『まちぶせ』は石川ひとみさん最大のヒット曲で、2006年までで28枚のシングルを発売していますが、他にトップ10に入った曲はありません。

1982年からはNHKの若者向け音楽番組『レッツゴーヤング』で太川陽介さんとともに司会を担当。

1987年に初めてのミュージカルで主演を務めた『はだかの王様』のリハーサル中にB型肝炎を発症して入院。

27歳の時で、感染経路は母子感染だったといいます。

退院後に渡辺プロダクションと契約が破棄されて一時は芸能活動を休止しましが、翌年の1988年に活動を再開しました。

石川ひとみの結婚歴や夫は?

石川ひとみさんが結婚したのは1993年、34歳の時でした。

夫はミュージシャンで作曲家の山田直毅さん。

1959年2月14日生まれで、年齢は同い年(学年は1学年上)。

1977年に当時キャンディーズのバックバンドを務めていたミュージック・メイツ・プレイヤーズにギタリストとして参加し、キャンディーズのアルバム『早春譜』では、伊藤蘭さんの楽曲制作サポートを中心に楽曲を提供。

BEGIN、小林幸子さん、小柳ゆきなど多くのアーティストにも楽曲を提供しています。

石川ひとみさんが1978年にデビューした時からバックバンドを務めたことで出会い、バックバンドではリーダーを担当。

楽曲を提供し、編曲もしていました。

1987年に石川ひとみさんがB型肝炎を発症した時には、B型肝炎は血液の直接接触や、精液や膣分泌液によってしか感染しませんが、ウイルス性の病気のため偏見から、水泳教室に行った時『子どもたちにうつるから』と父兄からプールに入らないでほしいという要請されたりしたこともある中、山田直毅さんは前と変わらず自然体で接し精神的にも支えてくれたといいます。

石川ひとみの子供はいる?

石川ひとみさんに子供がいるという情報はありませんでした。

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