宇津井健の結婚歴や再婚した妻、子供は息子。俳優になったきっかけや死因や晩年。学歴・経歴

ドラマ「ザ・ガードマン」、「渡る世間は鬼ばかり」などに出演したことで知られる俳優の宇津井健さんの学歴や経歴は?
俳優になったきっかけは馬だった?
2度の結婚歴があるようですが前妻や再婚した妻は?
子供は息子?

今回は俳優の宇津井健さんをリサーチしてみました。

宇津井健の学歴・生い立ち・経歴

名前   宇津井健
生年月日 1931年10月24日
没年月日 2014年3月14日(82歳没)
出身   東京府東京市深川区(現・東京都江東区)
身長   173cm
血液型  A型
所属   サムデイ

現在の東京都江東区で生まれ、4歳の時には父親が他界。祖父母に育てられました。祖父母は芸事が好きで、その影響で小学生の時から日本舞踊を習っていたといいます。

小学生の時に千葉県に疎開し、戦後も千葉県で生活しました。

中学校は千葉中学校を卒業。
千葉県千葉市中央区葛城一丁目にある県立中学校で、現在の偏差値70。

高校は千葉高校に進学。
千葉中学校と併設された県立高校で、偏差値は73。千葉県でトップクラスの進学校です。
卒業生にはドラクエの作曲で知られるすぎやまこういちさん、女優の市原悦子さんなどがいます。
高校時代は演劇部に所属し、全国コンクールに出場した経験があるといいます。

高校卒業後は、早稲田大学・第一文学部に進学。
大学の入学式前に新宿で馬に乗った早稲田の学生を見掛け、勇姿に一目ぼれし馬術部に入部。
以降は馬に夢中になり、朝早くから目白の馬場に行って馬に乗り、世話をして大学で授業に出てから、また夕方には馬場に戻る生活を毎日送り、ほぼ初心者でしたが1年の最後にはレギュラーに抜擢されました。
しかし、馬に夢中になりすぎて、4年で大学を卒業できない見通しとなり、その後大学は中退。
中退後は俳優の道に進みました。

宇津井健が俳優になったきっかけ

宇津井健さんは学生時代に演劇に興味を持ち、高校時代は演劇部に所属。

『馬に専念したので、演劇専攻といっても、大学ではほとんど演劇活動をしていないんです。』

早稲田大学も演劇を専攻していましたが、大学入学後は馬にハマったため、演劇はしていませんでした。

朝・昼・晩、馬に乗っていたので、大学は4年で卒業できないという状況になり、そんな時に俳優座の養成所が俳優を募集していることを知り応募すると合格。
大学在学中の1952年に俳優座養成所の4期生として入所し、俳優座養成所の4期生として入所。
同期には仲代達矢さん、佐藤慶さんなどがいました。

ドラマ「ザ・ガードマン」でブレイク

宇津井健さんの俳優デビューのきっかけは、大学時代に夢中になった乗馬でした。
1953年、俳優座養成所の2年生の時に、映画『思春の泉』で主演デビュー。主演の条件が「裸馬を乗りこなす」ことだったことから、乗馬ができた宇津井さんに白羽の矢が立ち、同期の俳優からは、

『健ちゃん、馬に乗れて良かったね』

と羨ましがられたといいます。

翌年の1954年に新東宝に入社すると、日本初の和製特撮スーパーヒーロー映画『スーパージャイアンツ』では主演。1959年まで9作に出演しました。

1965年からはTBSドラマ『東京警備指令 ザ・ガードマン』で主演の高倉隊長を演じ、最高視聴率30%を超えブレイク。ドラマは6年放送され、劇場場も2作公開されました。

1974年からはドラマ『赤いシリーズ』(TBS)で山口百恵さんの父親役を演じて人気を博し、2006年からは亡くなった藤岡琢也さんの代役をとして『渡る世間は鬼ばかり』の主人公の岡倉大吉 役を演じました。

宇津井健の結婚歴や前妻

宇津井健さんは2度の結婚歴があり、最初の結婚は1961年、30歳の時でした。
妻の名前は友里恵さんで、かつて阿部千恵子の芸名で活動していた女優。

45年連れ添いましたが、2006年4月に肝臓がんのために死別。
亡くなる10年程前から、がんで闘病していたといいます。

宇津井健の再婚した妻

宇津井健さんが再婚したのは、死去の当日の2014年3月14日。
再婚相手は当時、2歳年下の80歳で名古屋で政財界の著名人や芸能人も通う高級クラブやスポーツクラブを経営する実業家の文恵さんという女性。
前妻が亡くなった後に内縁関係になり、宇津井さんの体調の悪化した頃から献身的に支えていたといいます。

文恵さんは「お互いの遺産は放棄する」と公言していましたが、後に前言を翻し、宇津井健さんの残した都内の2億円といわれた豪邸の相続を巡って長男とトラブルとなっています。
2016年には文恵さんが代表を務めていた会社が、33億7000万円もの負債を抱え、名古屋地裁に民事再生法の適用を申請したと報じられました。

宇津井健の子供は息子

宇津井健さんの子供は息子が1人で、1963年に隆(りゅう)さんが誕生しています。

隆さんはフジテレビに入社し、総合事業局イベント事業センターイベント事業局長などを務めました。
1980年代からとんねるずと親交があり、とんねるずのオールナイトニッポン内のトークでよく名前が出てきて、2005年6月には『とんねるずのみなさんのおかげでした』に出演もしました。

宇津井健の死因や晩年

2014年3月14日に愛知県名古屋市の病院で、慢性呼吸不全のため死去。82歳でした。

2013年頃から肺気腫を患い、知人の医師が勤務する名古屋市の病院に通院。亡くなる1週間程前から容態が急変したと報じられています。

遺作は2013年8月公開の映画『劇場版 タイムスクープハンター -安土城 最後の一日-』。
ドラマでの遺作は2013年5月27日、6月3日の2週にかけて放送された『渡る世間は鬼ばかり 2013年スペシャル』でした。

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